5 あの日見たオーロラ

「ところで昨日は、タツタ少佐とは何を話したのです?」 

「俺の元に来い、とさ」


 ハクアがナガレを見据えた。問責めいた半眼だ。半眼になってなお大きいその眼に促されるように、ナガレは補足した。

 

「そっちも返事は保留したよ。他にやるべきことも、義理もあるしさ」

「……義務や義理がなければ、そちらへ行っていたということでは?」

「ウン、まあ、そうだな」


 ナガレは認めた。


「ただ、今は状況が込み入りすぎてる。だから今、そっちに行くのは無理だ。俺はそう断った。テンリューもわかってくれた」


 ハクアはナガレから眼を離さぬまま、ステンレス製湯呑に注がれた緑茶を無音で啜った。ナガレは続けた。


「テンリューのミサヲを護ろうとする意志は俺より強い。俺を誘ったのは、ミサヲを守らせるためだろう。少佐だからな」


 子供の頃からそうだった。ナガレを含めて他の子供たちが喧嘩していても知らんふりを決め込むのに、ミサヲが巻き込まれそうになると烈火の如く怒った。テンリューは喧嘩を好まないのに、その必要があれば誰よりも強かった。

 

「そういった条件や状況を無視して、あなたは行きたいと思いますか?」

「そういう欲求はある」


 またしても認めざるを得なかった。ハチエモン師匠センセイなら認めてくれるはずだとも思ったが、ハクアの眼の前だったのですんでで飲み込んだ。

 

「では何故、あなた方はそこまでこだわるのです? 言ってしまえば、十年間逢っていなかった幼馴染というだけではないのですか?」


 ハクアの尤もな問い。ナガレは少し笑みを浮かべて言った。


「そいつは――あの場にいなければわからないよ」


 言いながら、ナガレのニューロンにはフラッシュバックめいて一つの光景が描き出されていた。


 言いようのない苦労があった。子供たちは三人を残しほぼ全滅。日夜自分たちを追う影に怯え先へ進んだ。二人とはぐれ、行き着いたのがミナクサ・シティというまた別の地獄の日々。

 

 それでもなお。あの日見た全天を覆うほどの金色こんじきのオーロラが、ナガレの認識を変えた。あれはナガレの人生を無駄ではないと肯定していた。

 だからあの日々を行きてこれたのだ。全星で観測されながら、ヤマトの太陽風の異常変動という言葉で説明された現象が。

 

 あれがそんなつまらぬものであるはずがない、とナガレは信じていた。

 

 テンリューも、ミサヲも、あのオーロラを覚えているだろうか?

 

 いくつかの話をして、ナガレは充てがわれたテントで寝た。結局コチョウからの連絡は来なかった。

 

 翌朝十時。大型テントにナガレたちは招かれた。

 中央に配置された大型の卓袱台チャブダイを囲んでいるのは四組織八名。

 

〈トヨミ・リベレイター〉のタツタ・テンリュー少佐とタノメ大佐。

〈ヤギュウ・サムライ・クラン〉のヤギュウ・アオヒコ少佐とヤギュウ・ハクア中尉。

〈サナダ・フラグス〉のサナダ・カーレン少将とサナダ・ユキヒロ大尉。


「遅くなって、アイ・スマヌ」


 電子海賊〈フェニックス〉のミズ・アゲハことユイ・コチョウが来た。淑女L型筐体姿の彼女はカーレンの傍まで来て、呟くように言った。

 

「……若いな」

「アンタだってずいぶん若作りしてきたじゃない。……でも、時代が変わったってことなのかね」

 

 苦笑混じりにカーレンも応じる。

 

 確かに、若い。ナガレを含め、20歳前後の者が半数を占めている。銀河戦国期でもあまり例を見ないだろう会談風景だ。

 

「これで、皆々様方そろいましたかな」


 最年長の70歳タノメ大佐が確認した。家格と年功序列のみで大佐として据え置かれているだけで、彼に実権はない。実質的な司令官はやはりタツタ・テンリューであることは、誰の眼にも明らかだった。

 そのテンリューが口を開いた。


「では、始めましょうか」


 そして実質この会談の要がタツタ・テンリューなのも、また明らかだった。

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