第8話「ラプソディ・イン・カウヴェ・シティ」
1 ストリートキッズと無軌道パンクス・ガール
夜明け前にクジカタ・ヨモギは目を覚ます。最早習性になった起床時間だ。
寝ぼけ眼をこすりながら、
それから――部屋の隅に置かれた「獄楽蝶」刻印の電磁木刀も忘れる訳にはいかない。
立て付けの悪い引き戸の玄関をそっと開け、両親が気づかないように家を出る。
カウヴェ・シティ、オウチ・タウンは中堅市民の暮らす住宅街だ。夜も僅かに白みかけた街を、ヨモギは走り出した。ランニングめいたペースではなく、一刻も早く目的の場所へ到着したいという願望が現れた走り方だ。その速度はサムライのそれである。
やがて空き地へとたどり着いた。その中心部には一本の柱めいてカタナが突き立っている。ヒロカネ・メタル製、イクサ・フレーム用のロングカタナだ。これにどのようないわれがあるのか、ヨモギは知らない。知っているのは、このカタナが彼女のセンセイであるということだ。
彼女は峰の方へ立ち、スイッチオフ状態の電磁木刀を振り下ろす。
「
「
「
打ち込みを中断すると、ふと視線を感じた。カウヴェに来て一月が経つが、ずっと感じてきた視線だ。複数、敵意はないようだった。そろそろ声をかけてもいい頃だろう、と思っていた。
「オイ、そこの! 覗き見なんてしてねーで出てこい!」
少し間があって、視線の主が現れた。みすぼらしい服装の子供たちだ。5人いる。ヨモギは訊いた。
「ここらへんに住んでンのか?」
鼻の頭に絆創膏をつけた少年が頷いた。オウチ・タウンの隣、ランルー・エリア。区画整理もされていないスラム街だ。
「毎朝姉ちゃんのカンカン言わせる音がうるさくてさ」
「そりゃあ悪かった」
イガグリ・ヘッドの少年の抗議に対し、ヨモギは素直に謝った。ただし、言い訳もする。
「他に打ち込みやれるところがねーんだよ。こっちに来たばっかでさ。どっか知らねーか、お前ら?」
「お姉ちゃん、サムライなの?」
汚れたフェルト人形を抱いた少女が訊いた。
「そうだ」
「お姉ちゃん」
「ウン?」
「強くなるためにこうやってるんでしょ?」
お下げ髪の少女がカタナを振るジェスチャーをする。
「まあ、そうだな」
「サムライって、どうして強くなりたいの?」
ヨモギは考えた。それはかつてカウヴェに来る前に、センセイに尋ねたことでもあった。尤もその人物はこういう言い方をした。
「それは人それぞれじゃねーの?」
「人それぞれ……?」
オカッパ・ガールが
「強くなりたいなんてそんなもんだろ。アタシの場合は、弱いよりは強い方が出来ることが多くなるからだけど。お前らだって
子供たちはしきりに首をひねって考えていた。ヨモギ自身もセンセイからそう教わっていたものの、よくわかっていないところもある。頭を使うのは苦手な性格だった。
「ンー、わからなかったらいずれわかるようになる、ってセンセイが言ってた」
「姉ちゃん、そのセンセイって強いの?」
鼻を垂らした子供が訊いた。幼すぎて男か女か区別はつかない。
「いや、よく知らない」
ヨモギに対し、子供たちからブーイングが飛んだ。
「エーッ! わかんないのー!」
「ガッカリだよ!」
「なんか偉そうにして!」
「うっさいわ!」
ヨモギも負けずにわめいた。とは言えそこはストリートチルドレン、女子高生の一喝で黙るものではない。ヨモギは周囲を見渡し、
「「
気合一閃、電磁木刀の刺突を送る。果たして、木刀の切先は空き缶を貫いていた。
「「「オオーッ……!」」」
パチパチと拍手が上がる。ヨモギは照れ隠しに鼻の頭を掻いた。
「姉ちゃん、剣術教えて!」
「俺も俺も!」
「僕も!」
「あたしも!」
その日から、ヨモギは彼らのセンセイになった。
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