第8話「ラプソディ・イン・カウヴェ・シティ」

1 ストリートキッズと無軌道パンクス・ガール

 夜明け前にクジカタ・ヨモギは目を覚ます。最早習性になった起床時間だ。

 寝ぼけ眼をこすりながら、布団フートンを片付けて洗面所に行く。鏡を見ると、金髪というよりは黄色に近い髪は随分寝乱れていた。それに櫛を通し、ポニーテイルにざっくりとまとめる。パジャマからジャージに着替え、スカジャンに袖を通す。顔を洗いシャッキリすると、一人の無軌道パンクス・ガールの出来上がり。


 それから――部屋の隅に置かれた「獄楽蝶」刻印の電磁木刀も忘れる訳にはいかない。

 

 立て付けの悪い引き戸の玄関をそっと開け、両親が気づかないように家を出る。


 カウヴェ・シティ、オウチ・タウンは中堅市民の暮らす住宅街だ。夜も僅かに白みかけた街を、ヨモギは走り出した。ランニングめいたペースではなく、一刻も早く目的の場所へ到着したいという願望が現れた走り方だ。その速度はサムライのそれである。

 

 やがて空き地へとたどり着いた。その中心部には一本の柱めいてカタナが突き立っている。ヒロカネ・メタル製、イクサ・フレーム用のロングカタナだ。これにどのようないわれがあるのか、ヨモギは知らない。知っているのは、このカタナが彼女のセンセイであるということだ。

 彼女は峰の方へ立ち、スイッチオフ状態の電磁木刀を振り下ろす。

 

イヤァーッ!」

 

 カンッ! 堅きヒロカネ・メタルはバイオ樫製の木刀の一撃を容易たやすく弾き返した。ビリビリと痺れにも似た衝撃が掌に返ってくる。この程度でヨモギは怯まなかった。何万回、何百万回と繰り返してきたのだ。

 

イヤッ! イヤッ! イヤッ!」


 カン! カン 寒カン! 打ち込む! 打ち込む! 打ち込む! 金属の残響が周囲に響き渡る。ヨモギは太刀打の速度も、威力も、ペースも変えることなく打ち込み続けた。早朝千回。それが彼女の日課だ。


イヤッ! イヤッ! イヤッ!」


 カン! カン 寒カン! 打ち込む! 打ち込む! 打ち込む! いつしかヨモギの額に汗が浮かび始めた。手の感覚がなくなりかけてきた。それでもなお打つ。そろそろ500、そこで一旦休憩だ。

 

 打ち込みを中断すると、ふと視線を感じた。カウヴェに来て一月が経つが、ずっと感じてきた視線だ。複数、敵意はないようだった。そろそろ声をかけてもいい頃だろう、と思っていた。

 

「オイ、そこの! 覗き見なんてしてねーで出てこい!」


 少し間があって、視線の主が現れた。みすぼらしい服装の子供たちだ。5人いる。ヨモギは訊いた。

 

「ここらへんに住んでンのか?」

 

 鼻の頭に絆創膏をつけた少年が頷いた。オウチ・タウンの隣、ランルー・エリア。区画整理もされていないスラム街だ。

 

「毎朝姉ちゃんのカンカン言わせる音がうるさくてさ」

「そりゃあ悪かった」


 イガグリ・ヘッドの少年の抗議に対し、ヨモギは素直に謝った。ただし、言い訳もする。


「他に打ち込みやれるところがねーんだよ。こっちに来たばっかでさ。どっか知らねーか、お前ら?」

「お姉ちゃん、サムライなの?」


 汚れたフェルト人形を抱いた少女が訊いた。

 

「そうだ」

「お姉ちゃん」

「ウン?」

「強くなるためにこうやってるんでしょ?」

 

 お下げ髪の少女がカタナを振るジェスチャーをする。


「まあ、そうだな」

「サムライって、どうして強くなりたいの?」


 ヨモギは考えた。それはかつてカウヴェに来る前に、センセイに尋ねたことでもあった。尤もその人物はこういう言い方をした。

 

「それは人それぞれじゃねーの?」

「人それぞれ……?」


 オカッパ・ガールが胡乱ウロンげに眉根を寄せた。ヨモギは続けた。


「強くなりたいなんてそんなもんだろ。アタシの場合は、弱いよりは強い方が出来ることが多くなるからだけど。お前らだって寺子屋スクールに行って勉強する理由っていうのはそういうことだろ? バカよりは勉強が出来た方が少しはマシなんだ」


 子供たちはしきりに首をひねって考えていた。ヨモギ自身もセンセイからそう教わっていたものの、よくわかっていないところもある。頭を使うのは苦手な性格だった。


「ンー、わからなかったらいずれわかるようになる、ってセンセイが言ってた」

「姉ちゃん、そのセンセイって強いの?」


 鼻を垂らした子供が訊いた。幼すぎて男か女か区別はつかない。

 

「いや、よく知らない」


 ヨモギに対し、子供たちからブーイングが飛んだ。

 

「エーッ! わかんないのー!」

「ガッカリだよ!」

「なんか偉そうにして!」

「うっさいわ!」


 ヨモギも負けずにわめいた。とは言えそこはストリートチルドレン、女子高生の一喝で黙るものではない。ヨモギは周囲を見渡し、合成ケモコーラの空き缶を発見。それを拾い上げ、宙に投げる。

 

「「イヤァーッ!」


 気合一閃、電磁木刀の刺突を送る。果たして、木刀の切先は空き缶を貫いていた。


「「「オオーッ……!」」」


 パチパチと拍手が上がる。ヨモギは照れ隠しに鼻の頭を掻いた。

 

「姉ちゃん、剣術教えて!」

「俺も俺も!」 

「僕も!」

「あたしも!」


 その日から、ヨモギは彼らのセンセイになった。

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