8 彼女が吸うシガリロの味

 運転するコチョウに、ナガレが言った。


「そうだ。ファクトリー棟にミズタ・ヒタニという男が、事件の起きた時間に出入りしていたらしい」

「ミズタ? オヌシが校内トーナメントで破った相手か」


 コチョウがしばし沈黙した。データを走査し始めたのだろう。一秒後、彼女が口を開く。

 

「その男の父親はタニヘイと言わなかったか?」


 そこまでは覚えていなかった。


「そのミズタ・タニヘイはカウヴェ・シティの代官ダイカンとして赴任しておる。都市の美化運動と称してスラム潰しをしているが……調べてみる価値はありそうだな」 

 

 カウヴェ・シティ。


 × × × ×


 ヤギュウ公邸、執務室。

 執務中のヤギュウ大公ムネフエの携帯通信端末インローに通信が入った。表示された名前は「ミズ・アゲハ」。彼女からあらましを聞いた大公は、こう告げた。

 

「ミズタ家は、クスノキが内偵中だ」

『内偵中であるから手出し無用、と』

「そう」


 ヤギュウ、フジワラと並ぶトクガ・ショーグネイションの三大公たいこう家の一つ、クスノキ家。

 無論、クスノキの動きは越権である。先代大公であったならば、このような真似は決して見過ごさず、確実に報復行動に出ただろう。しかし、今のヤギュウは当時のように徹底した武断は謹んでいるし、そのために割く戦力も、政治力も欠いていた。


『だからスクールで起きた大量殺人を見逃せと。ヤギュウの名前のついたスクールの?』


 ミズ・アゲハの口調が呆れ果てたようなアトモスフィアを帯びてきた。

 

『わかった。ウチの部下が、クスノキの面子を全力でブチ壊して差し上げようと言っておる』


 憤怒相で息巻くナガレが見えるようだ。あるいは責任を感じているのかも知れない。賞金首になったことで、自分の知人や友人が巻き込まれ、命を落としたからだ。

 ムネフエ自身にも責任の一端はある。あるいはまさか白昼堂々士立校を襲撃するなど、無自覚ながら楽観視していたのかも知れない。

 

「彼が友達を殺されて激怒しているように、私とて自国の若きサムライ候補生を殺されて平然としていられぬ。それをわかってくれ」

『であるから、大公閣下に話を通しに来たのだ。自由に自分の麾下きか戦力を動かせぬ大公閣下に代わって、彼奴きゃつめらの首を獲って進ぜようとな』

「それが今回の目的かね」

『然り』

「ミズ・アゲハ、それもやぶさかではないがね。君の部下に言ってくれ。クスノキから睨まれるぞ、と」

『彼はこう言っておる。クスノキのクソッタレが何様だ、と』


 それについてもムネフエ大公は全くの同感だった。

 

 ヤギュウのヴェテラン・ニンジャは今、著しく少ない。若手は育ちつつあるが不十分である。世代交代に失敗した、と言っていい。長らく公安任務はヤギュウが独占管理するものだったが、現在クスノキが深々と食い込んでいた。クスノキの有する独自戦力〈イクサ・ボーイズ〉はその名の与える印象とは裏腹に、決してイクサのみを専門とする組織ではないのだ。


 そして、クスノキのみが知る情報は少なからず存在する。イノノベやミズタの件も、クスノキが先に掴んでいたと思われる節がある。それで生命を害されたのはヤギュウの生徒たちなのだ。クスノキのクソッタレめが、何様のつもりだ。そう罵りたいのはムネフエの方である。

 

 起こりうる事件を見逃し、実際に起こしてしまった責任は重い。だがそれはクスノキも同罪に違いなかった。

 

『第一、わたしも覚悟なくして電子海賊の看板を揚げているわけではない。クスノキなんぞが怖くてこの稼業は続けられぬ」

 

 そう言い切るミズ・アゲハが羨ましくなる時がある。全く、権力など持つべきではなかったのだ。

 

『ミズタは現在スラムを潰して、新たに都市計画を始めておるようだな。そちらに施工業者のデータを送信した』


 別端末に送られたデータを流し見てゆく。


「施工を行なっているのは皆ショーグネイション側の会社だが」

『添付データにも目を通して頂きたいな』


 彼女の言うようにすると、大公の眉間に深いしわが刻まれた。

 ある企業は株の大部分がとあるグループに握られ、ある企業はとあるグループの創業者と姻戚関係にあった。また別の企業の初期資本に大きく関わる人物あり、また別の企業はその人物が別名義で作ったものであった。全てに繋がる名前はただ一つ、イノノベ・インゾー。


「ムゥーッ……流石はイノノベ・インゾーよな……」

『イノノベの影響は、ショーグネイションにおいて最早地下茎めいて張り巡らされておる』

「君らのユカイ・アイランドでの活躍のおかげで大分刈り取れたがね」

『まだ十分ではない』


 ミズ・アゲハは断言し、語を区切って続けた。


『カウヴェ・シティで奴が何をやらかそうとしているのかもわからぬ。が、目視はしていられぬ』

「イノノベ本人は宇宙にいるらしいな。どうやって上がったのやら」


 宇宙には人工衛星による監視網が張り巡らされている。更に、単独大気圏突破可能な艦艇は建造どころか所持すら難しいのが現代のヤマトだ。


『ブラフである可能性も捨てきれぬが、まあひとまずは我らは置こうと思う。目下はカウヴェだ』

「そこに誘拐された生徒もいると」

『あなたもご存知だろうが、スクールに脅迫状も送られてきたぞ』


 ミズ・アゲハの声に嘲笑の色が籠もった。だがすぐにそれを改め、


『ミズタ・ヒタニは父親の計画に乗っかっただけの小物であろうが、この事件に於いては厄介なファクターに違いない。我が部下に遺恨があり、目撃者もおる。おびき寄せての報復を考えておるとすれば、手元に人質を置くだろう』


 脅迫状には場所の指定すらなかった。これを悪質な悪戯として無視もできるが、その場合人質の身の安全は保証できない。


 結局、ヤギュウ大公はこう言った。


「我々ヤギュウは、今回の君らの活動は一切関知しない」

『それで結構。感謝する』


 今更の老婆心ババア・ハートと感じながら、大公は釘を差した。


「単独でやるには荷の勝ちすぎる相手では?」 

『勝算なくしてイクサを挑むほど酔狂ではないよ』


 ミズ・アゲハはそう言うが、彼女の人生そのものが酔狂に満ちているように大公は思う。

 あるいは同盟者が存在する。電子海賊〈フェニックス〉と〈サナダ・フラグス〉との同盟関係は長いという。

 尤も、止める理由はない。彼女らがミズタ・タニヘイやイノノベ・インゾーの野望を挫き、クスノキに一泡吹かせてくれるならばそれに越したことはない。

 

『以上。これで通信を終える』


 通信途絶。すぐさま部下が逆探知をかけたが、まあ無効だろう。

 大公は部屋の隅で待機していた者へ告げた。

 

「ということだ、アオヒコ。すぐにカウヴェへ迎え」

「――承知しました」


 アオヒコの気配が掻き消えた。

 

 × × × ×

 

「遅れてスミマセン」

「仕方ない。ハイジャックなんて滅多に起きるもんじゃないし」


 サナダ・ユキヒロが謝るのへ、サナダ・カーレンは鷹揚に答えた。


「そう言えばヨシノ=チャンは?」

「売店で弁当を買ってます」


 相変わらずマイペースな娘である。尤も、カーレンはヨシノのそういうところは決して嫌いではない。マイペースを貫き通す能力は、即ちイクサに於いて敵のペースに乗ることなく、逆に自分のぺースに引きずり込む能力に繋がる。

 カーレンは話題を変えることにした。

 

「若いサムライと稽古したんだけどね、それが変わった子でさ」

「どういう相手ですか?」


 カーレンはちょっと言い方を考えた。


「強さを望んでいない」

「それはつまり?」


 カーレンはベンチへ座ると、ケースから細葉巻シガリロを取り出した。ユキヒロは立ったまま、腕を組んで考えこむようにした。この甥が煙草を吸わないことを知っているので、カーレンも勧めたりはしない。


「強さを目的にしていない、と言った方がいいね。勿論強さは求めている。しかし、積極的に強くなろうとか、誰よりも強くなろうとか、そういった意志は感じられないね」

「弱いのですか?」

「いや。若手としては大したものだよ。まあヨシノ=チャンとか、〈イクサ・ボーイズ〉の突撃隊長に比べれば落ちるけど」

「その二人とは比べる方が可哀想ですよ、叔母さん」


 細葉巻シガリロに火を付け、煙を口の中でくゆらせる。


「叔母さんはやめなさい。強さを求めるのは、サムライとしての――イクサ・ドライバーとしての本能に近い。強き敵と巡り合い、これを破り、あるいは敗れ、研鑽を積み、イクサに勝利する。これこそがサムライの名誉ホマレだ」

「僕は狭義のサムライではありませんが、わかります」


 ユキヒロは言った。カーレンは肯定するように、○型の煙を吹いてみせた。

 

 確かにカーレンが知る限り、強いとされるサムライには得てしてそういう向きがある。それでも強さを求めるから強くなれるのか、それとも強いからこそ強さを求めるのか、カーレンにもまだ判断がつかぬことだった。

 あるいは、それらは全て等価なのだろうか。


「ヨシノ=チャンがずっと側にいたんだから、わからない訳がないよね。でもあの若造――サスガ・ナガレにはそれがない。サムライとしての教育は受けているのに、それが動機になってないんだ」

「それは、生き様として?」

「生き様としての問題だね。多分。彼の師匠はヤギュウ・ジュウベエ。当代最強と呼ばれたサムライだったが、片目片腕片足になった。ナガレは、その後の弟子なんだ。全盛期の姿を目の当たりにはしていないんだよ。私のところで預かれれば、今より強く出来た。まあ今更なことだし、傲慢な言い方かも知れないが」


 ふーっと煙を細く吐きながら、カーレンは言った。


「殻を破るには、試練が必要だね。地獄のようなイクサが」

「死ぬかも知れませんが」


 ユキヒロが言った。


「死ねばそれまで。生き延びれば成長する。それもまた、サムライということさ」

 

 それがイクサを為す者。カーレン自身がよく知ることだった。

 もう一度 細葉巻シガリロを吸うと、辛みを強く感じた。

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   第7話「ボーン・トゥ・イクサ・ドライヴ」終わり

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