2 健康優良不良少女の血は熱く燃えた
「ヨモギ、なんだか楽しそうだね」
朝の食卓で父からそう言われたので、ヨモギは飲みかけのミソスープでむせた。
「……何だよ、父さん」
「そのままの意味だが」
父は穏やかに笑いながら言う。
ヨモギの父は極端な弱視だ。その癖、というかそれ故にか、勘働きが人並み外れて鋭いところがある。
「こっちに来てからふさぎ込んでたように見えてな。友達が出来たのかい」
「か、関係ねーだろ」
問うでもない父の言葉に、ヨモギは憎まれ口を叩く。父親の権限が強いサムライの家だったら、父親に対してこうはいかないだろうだろう。
クジカタ家はサムライの家ではない。身内でもサムライ適正があるのは父方の叔父とヨモギだけだ。
父はそれ以上何も言わない。母が洗い物をする水音が聴こえる。ヨモギはミソスープを飲み終えると「ゴチソウサマ、行ってきます」と言い置き、鞄を持って家を出た。
クジカタ・ヨモギ16歳、難しい年頃であった。
ヨモギは士立オヨカド・ハイスクールの第一学年生だ。親しい友達はいない。それは彼女が積極的に友人を作ろうとしなかったのと、他の生徒から距離を置く意思を何となく感じたからだった。ヨモギは孤独に耐えられないタチではないので、それでもよしとした。
それでも、慣れない土地は寂しい。ヨモギは生まれも育ちもノイエザイトム・シティである。帰れば友人が待っている。けれど今更そうは行かないことはよくわかっていた。
彼女が独り稽古に励んだのは、そういう心理的側面があることは否定できない。
放課後、ヨモギはすぐに下校して例の空き地へ向かった。都心部の士立校学生のスケジュールは過密だが、遠く離れたここカウヴェの場合驚くほどのゆるさだ。カウヴェは
尤もそういう文化的歴史的な経緯はヨモギは知らないし興味もなかった。元より偏差値40の前後を行ったり来たりする程度の学力である。「元気で心健やかに成長してくれればそれでいい」という生まれる時の両親の願いが、良くも悪くも正しく叶えられた好例だった。
「おー、お前ら来てるな」
イクサ・フレーム用のカタナが突き立つ空き地で、子供たちに呼びかけた。
「ヨモギ姉ちゃんおせーよ」
「うっせーよ。女子高生にはいろいろあンだよ」
鼻に絆創膏を貼ったユンタはリーダー格だ。言い返しながら、ヨモギはスポーツバッグからウレタン袋竹刀を取り出す。子供たちはそれぞれ廃材を竹刀代わりにしているようだった。一人だけならともかく、多人数の場合危険なので練習用ウレタン袋竹刀を貸すようにしていた(なおこれらは学校の廃棄品をヨモギが手ずから繕った物である。刺繍は得意だった)。
「お前ら素振りはちゃんとしてるか?」
「やってる。ほら」
お下げ髪のニーコが
「まだまだって感じだな」
子供たちと自分の掌を見比べながら、それでも満足そうにヨモギは言った。
「お前らに教えるようになって二ヶ月か」
「そのくらいになるね」
「ねー」
イガグリ・ヘッドのソモスケが言うのへ、鼻垂れのウエジが答えた。
「ところでさ、いつの間にかこのタワーが出来てンだ?」
空き地の東側、明らかにロングカタナを遥かに超えた高さの巨大建造物をヨモギは見上げた。それは半ば以上出来上がっていた。子供たちも釣られてそれを見上げながら、口々に言う。
「知らない」
「ホント、いつできたんだろ」
「寝てたら出来てたんだよ」
「そんなワケあるか」
勿論そんな訳はない。遙か上空では建築用ドローンが荷揚げを行ない、鳶大工が骨組みを歩き回っているのが見える。
「そういや、ササメはどうした?」
ふとヨモギが気づいたことを口にすると、気まずそうな沈黙が訪れた。ソモスケとユンタが視線を見交わす。口火を切ったのはヨナミだった。
「ササメ=チャンは……ササメ=チャンは……ウエーン!」
泣き出したヨナミをニーコが慰めた。
「あれは……ヨナミ=チャンのせいじゃないって……」
「だけど……」
「オイ落ち着けよ……何がなんだかわかンねえ。アタシに説明してくれよ」
困惑仕切りの
「ササメは……連れてかれちまった」
ユンタが言った。
「ヒック、ヒック……
ニーコに抱き締められながら、ヨナミは応えた。
「誘拐じゃねーか……警察は?」
「相手にしてくれなかったって。ここじゃ、子供がいなくなるのは当たり前だから……」
ニーコが顔を曇らせて答えた。
「ヨシ、アタシが何とかしてやる」
ヨモギの胸に、義憤の火が灯った。この不良少女の血は、元来熱い。
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