インターミッション3

トライアングル・コントラスト

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[6mon]「[butterfly]、あんたの若いツバメはどうなの?」

[butterfly]「安定はしている……ように見える」

[kinsei]「ああ見えてもまだ思春期、っていうことはあるからね。気をつけなきゃ」

[6mon]「家庭持ちは言うことが違うね」



 [6mon]=サナダ・カーレン――トヨミ系軍事組織〈サナダ・フラグス〉ナンバー2。そしてザッカイ・シティ評議会の一人。「ヤマトで一番強い女」――他称であり本人は否定。

 [kinsei]=マツナガ・T・ダニエーラ――一時は天下に王手チェックをかけた〈妖人ファントマ〉マツナガ・ドーダンの玄孫にしてタネガシマ文化財団理事。二児の母。

 [butterfly]=ユイ・コチョウ――巷を騒がす電子海賊。


 この三名が幼小中高一貫校で少女時代を過ごした幼馴染であることを知る者は、今では少ない。やがて彼女たちの道は分岐し、時間が経つにつれ立場も変わっていった。利害の不一致から反目し合うことも一再ではなかったが、情報交換はずっと続いていた。敵対はあらかじめ明言されてから行なわれ、裏切りは今まで為されていない。

 

 ナガレがコチョウの「ツバメ」――若い愛人を意味する隠語――などではないことはカーレンもダニエーラも重々承知の上の揶揄である。コチョウは昔からわかり易すぎるほどの中年好みだった。



[butterfly]「イヤミはそのくらいにせよ[6mon]。して、侵入経路は?」

[6mon]「もう手に入れてある。けどもう一回言うよ。〈リベレイター〉と本気で事を構えることになるよ。ウチも同盟相手だから手出しできない」

[butterfly]「覚悟の上でのことさ」

[kinsei]「[butterfly]の、言っても聞かないモードだわよ[6mon]。放っておきなさい」



 付き合いが長いだけ言動は知悉している。カーレンも本気で止めた訳ではない。コチョウの覚悟の確認をしたまでのことだ。もちろんダニエーラもわかっていた。


 

[butterfly]「して[kinsei]、お前様のところに発注したモノは?」

[kinsei]「出来たわよ。納品はいつものところでいいのよね?」

[butterfly]「結構。突貫で大変だったろう、ゴクロウサマと言っておいてくれ」

[kinsei]「それにしてもあんなもの一体何に使うってのよ。E工房に下請けしなきゃ無理だったわよあんな仕様は」

[butterfly]「今すぐという訳ではないが、多分もうすぐ必要になるものだ」



 カーレンが尋ねた。彼女はエンジュE工房の大株主である。知りたい情報は知ることが出来る立場だった。



[6mon]「あんなもので何をぶった斬らせようっていうんだね、[butterfly]=サンは?」

[butterfly]「カッコつけて言うなら、歴史の闇、かのう

[kinsei]「言っちゃって」

[6mon]「その子にイレコミ過ぎてるよね、アンタさ」

[kinsei]「まあ好きにやんなさい。短い人生なんだから」

[butterfly]「左様、それが我らの人生」



 その後三名は実務的な諸々を話し合い、ログオフした。


× × ×

 

 ジュスガハラ高原、曇り空にはちらちらと雪が散っている。まだ秋なのにクソ寒い。タカバシ・ケイジはジュス村に停めたミコシ・トレーラー一号車のエンジンを切り、外に出た。

 雪原に立ちすくみながら、薄手のジャケットで来たのを後悔した。つーか雪降ってるなら言ってくれよ社長。天気予報を確認しなかった俺が悪いんだが。

 

「ドーモ、タカバシ=サン」

「ドーモ、ウコン=サン」 

 

 二号車から出てきた運転手のアオヤギ・ウコンと挨拶を交わす。ウコンはまだ二十歳ハタチにもならぬ若さだし女顔で舐められがちだが、驚くほど苦労人のしっかり者だ。彼は冬用のダウンジャケットを着込んでいた。タカバシとウコンは二人して周囲を見渡した。


「にしても……結構なイクサがあったみたいですね」

「だな」


 散らばるイクサ・フレームの残骸。およそ七騎分。

 

「知ってるか、ウコン=サン。たった二騎のイクサ・フレームがやったんだってよ」

「マジですか」

「一方はスナイパーで一方はそのヴァンガード。しかも俄仕込みのコンビネーションだったそうな」

「へぇー」


 ウコンが眼を丸くした。 

 タカバシは雪に半ばまで埋もれた、アイアン系統騎の肩部装甲が示すマーキングを見やった。口には出さないが、それには見覚えがあった。〈ヌッペホフ・テラーズ〉、そこそこ古参ヴェテランの揃った傭兵団だ。それが全滅の憂き目を観た。いや死んではいないが。


「タカバシ=サン、ウコン=サン、こっちだ!」


 ジャンク回収商会〈マイティ・ジャンク・ショップ〉社長ジンノ・ミキサブローがモトロウという若い男と連れ立ってこちらに来た。モトロウは村の代表らしい。若いのに感心なことだ。

 

「もう一度確認しますが、全騎よろしいのですかな?」

「ハイ。もうジュス村には無用の物ですから」


 モトロウは素直に頷き、ジンノの差し出したタブレット電子書類にサインした。ジンノがタカバシを見た。

 

「じゃあ二人共、回収オネガイシマス」

「了解」「わかりました」


 片手を上げ、タカバシはミコシに鎮座していた暖機の済んだ回収用イクサ・フレームに乗る。黒と黄土色のペンキ(ナノウルシではない。あれはあれでそこそこ高価なのだ)でペインティングされた〈ヴァルチャー〉だ。〈アイアン〉以前の量産騎であり、鈍重だが馬力と積載量という点では評価されていた。ウコンも同じタイミングで出てくる。二人共士立ハイスクールを卒業したイクサ・ドライバー。操縦はお手の物だ。


 こういった作業用イクサ・フレームは通常の――つまり軍用イクサ・フレームより操縦系統が簡易・単純化されているが、民間でイクサ・フレームの操縦方法を熟知している民間人カタギは少ない。必然、これもサムライの仕事になるのだった。

 

 ウコンの〈ヴァルチャー〉から通信索が飛んできた。装甲に付着。

 

『ヒロカネ・メタル・レーダーが効かないんですけど……ノイズばっかりじゃないですか?』

「電磁ブリザードだそうだ。しゃあねえから目視でやるしかねえだろ」


 右手にした長柄のピックでパーツをほじくり返しながらタカバシは応えた。左手のトングに切り替え、背中に背負ったケージに放り込む。惑星ヤマトの文明は科学技術が極まったように見えて、こういうところで原始的だ。


〈ヴァルチャー〉のコクピット、タカバシが見ている狭い視界の片隅で、ジュス村に一台の電気自動車エレカが入ってきた。ミコシとやや離れたところに停車した。

 運転席から現れたのは翡翠色エメラルドグリーンの制式軍用コートを着た女性士官だ。切れ長の眼、白い肌、長い黒髪をポニーテールにしている。かなりの美女だが、潔癖さと気位の高さはひと目で伺い知れた。彼女は「失礼ですが」と言いながらジンノ社長とモトロウの間に割って入った。

 

「〈ヤギュウ・サムライ・クラン〉所属、ヤギュウ・ハクア中尉です。先日ここでイクサ・フレーム戦が行なわれたと聞き及びました」

 

 モトロウは質問に対して素直に応えた。村を救ったという女性イクサ・ドライバーに話が及ぶとところどころ供述が曖昧になったが、ハクアはあまり気にかけなかったようだ。

 それよりも彼女が気にしたのはもう一人のドライバーの方だった。特に「黒いイクサ・フレーム」の話に及ぶなり、ハクアの視線が剣呑な光を帯びてモトロウを射竦めた。


「……それは正確には黒鋼の《・・・》イクサ・フレームではありませんでしたか?」

「そう……だったと思います」

「もう一人のドライバー――サスガ・ナガレというドライバーは一人だけだった?」

「村に訪れた時はそうでした。仲間の母艦によって回収されていきましたけど」


 ハクアはしばし沈思黙考した。余程気にかかることがあるらしい。

 ジンノの好奇心が疼いた。一見ナイスミドル、しかして内面は三歳児の頃から変わらぬ悪戯者。それがジンノ・ミキサブローという男だ。


「お嬢さん――エート、ヤギュウ中尉? その、サスガ・ナガレというドライバーが、何か?」


 ハクアが切れ長の目をこちらへ向けた。


「――ええ。彼は、さる事件の重要参考人として名前が挙げられています。こんなところで傭兵めいたことをしていたとは予想外でしたが。わたしはそれよりも」

「それよりも?」


 ハクアは喋りすぎたことを恥じるように一瞬目を伏せた。

 

「いいえ、個人的な話です。モトロウ=サン、アリガト・ゴザイマス。すみませんが、村の案内をお願いできますか?」

 

 一礼オジギし、ジンノからモトロウと共に離れてゆく。ジンノとしては、モトロウとの用事が済んでいたのでそれでよかった。

 空を見上げる。重々しい鉛色の空がどこまでも広がって、雪を降らし続けている。ジンノは煙草を取り出し、火をつけた。

 煙を吐きながら、まるで今のヤマトのような空だと、他人事のように考えた。


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インターミッション「トライアングル・コントラスト」終わり

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