10 晴天の朝、彼らは旅立つ
ジュス村、
ラスティ・アイアンが佇立している。
乗っているのはノキヤマ・ツムラ。ノキヤマは旧式の利点として、起動が極めて早いことを知っている。そして暖機も早い。
騎体は無手である。フブキが持たせていたライフルはグランドエイジアとの交戦で切断されていた。
それでも、イクサ・フレームの内蔵火器だけで荒屋の村民全てを殺し尽くすことは可能だ。ましてや今は電磁ブリザードによるジャムが薄い。住民全ての生体反応を、ラスティ・アイアンのレーダーが捉えている。
ブリザードの中からブリッツが姿を現した。左腕を失い、右手にスナイパーライフルを提げている。
ラスティ・アイアンのモノアイが通信がレーザーを放った。
『わかっているな、このまま俺を見逃せ』
敵ドライバーは無言である。
『まず、その忌々しい銃を捨てろ。――うん? もう一騎はどうした?』
ブリッツは言う通りに銃を雪原に投げ捨てた。
そしてそれが合図だった。
× × ×
背後に回り込んでいたグランドエイジアが銃を構える。ノキヤマの〈ブラス〉が持っていたビームスナイパーライフルだ。
ビームライフルの扱いは数えるほどだが、この電磁ブリザードの中で騎体のFCSは驚くほど良好。まず外す要因がない。他の騎体ならまず外部レーダーが働かないというのに。それにライフルの認証を即座に書き換えてのけた。電脳性能が桁違いなのだ。
あらゆる感情はスコープを覗けば全てニューロンの奥底に沈みゆく。極めて冷静な心で、
× × ×
――
荷電粒子ビームが過たずラスティ・アイアンの頭部を貫く。機能停止する騎体。
同時にブリッツが動いている。
「ノキヤマ・ツムラだという
その右手には既にヒロカネ・メタル製のナイフが握られている。
「アンタが人質を取るようなクソ野郎でよかったよ」
至近距離で刀身が突きこまれ、コクピットハッチ越しにドライバーを真っ二つにした。
× ×
やがて朝が来た。ジュス村にとってひと月ぶりの太陽だった。空は青く晴れ渡り、雪原に日光が照り輝いている。
『DNA鑑定でノキヤマ・ツムラに間違いないと出た』
イクサの後、ナガレは〈フェニックス〉号と連絡した。電子戦艦は食料など生活必需品を携えて村に来た。
モトロウとフブキの会話していた。
「村に払うようなカネはないんだけど……」
「そこに転がってるじゃないか」
〈ラスティ・アイアン〉込みで七騎分ものイクサ・フレームだ。正確にはナガレとフブキで「転がした」訳だが、少なく見積もってもひと財産になる額である。村人は驚きかつ喜んだ。
『今換金は出来ないから、ジャンク屋は信用出来る筋を手配しておいた』
コチョウの手際は相変わらずだった。
なお彼女はアイアン・シリーズの戦闘メモリを片っ端からナガレに抜かせている。村人には無用の長物だが、ナガレやコチョウには値千金のデータである。報酬としては十分だった。
コチョウがフブキに代わって欲しいと言った。
『オヌシがマカゴ・フブキ=サンか。ドーモ、電子海賊ミズ・アゲハです。ウチのナガレ=サンが世話になった』
「はじめまして、マカゴ・フブキです」
『美事なスナイパーだと聞いたよ。どうかな、うちに雇われてみないか?』
「今すぐは無理ですね。でも、いつかご縁があれば」
コチョウは食い下がらなかった。今は顔を繋いだだけで諒としたのだった。
ナガレとフブキは握手を交わした。戦場での紐帯こそが二人の絆だった。
「お元気で!」
「そちらもね」
「フブキ=サン」
モトロウが声を掛けた。
〈ヌッペホフ・テラーズ〉五人は彼らが乗ってきた
フブキは自分のミコシに戻るつもりだ。器材は〈フェニックス〉から購った。これさえあれば修理出来る故障である。
「アリガト・ゴザイマス。アリガト・ゴザイマス」
モトロウは何度も頭を下げた。彼は涙を流しながら言った。
「フブキ=サンさえよければ、ずっとこの村にいてもいいんです」
「残念だが、それは出来ない」
狙撃手は微笑した。
「私は、やるべきことがあるんだ。――でも、ありがとう」
フブキは踵を返すと、片腕のブリッツに騎乗した。
黒鋼のイクサ・フレームと電子戦艦の姿は既にない。
この後、ジュス村がどうなるかわからない。直訴の結果、良い方向に事態が転がるかもしれない。あるいは悪い方向に向かうかもしれない。
いずれにせよ、確かなことがある。ここから先の村にフブキやナガレは必要ない。
蒼い空と白い大地の狭間、マカゴ・フブキは新たなる旅立ちへの一歩を踏み出した。ニューロンの中の両親のために。それ以上に、フブキ自身のために。
第5話「ブロウイング・イン・ア・ブリザード」終わり
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