6 実弾は当たる奴がマヌケ

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 空に闇夜をゆく影がある。ヤギュウ・サムライ・クランのアラヤマ級強襲母艦が二隻。母艦がイクサ・フレーム群をカタパルトハッチから次々と吐き出してゆく。そのスラスター炎が極彩の光跡を描き、緩やかな軌道で地上へ向かう。行く先はジキセン城。

 

 強襲母艦から地表へ向けて、タイミングの計算され尽くした制圧射撃が加えられる。――弩弩弩弩弩ドドドドドッ!! 火線は監視に当たっていたジャマブクセスにも同様に降り注いだ。直撃はないが、回避に右往左往して監視が疎かになっている。

 

 その隙を突いてイクサ・フレームが地上に降下する。――峨峨峨峨峨ガガガガガッ!! 騎体はその百トンの自重で強化セラミックス舗装路を壮絶に削りながら降り立った。


 対地砲撃が止む。


 ドッドッドッドッ……シューシューシューシュー……フィフィフィフィ……コーコーコーコー……イクサ・フレームが発する戦闘輻輳音コーラスが共鳴して山塊にコダマする。

 

 ジキセン城を包囲するように、整然とヤギュウのイクサ・フレームが展開する。現行主力騎である〈テンペストⅡ〉と、隊長機である高級量産騎〈テンペストⅢ〉。総勢二十騎からなるイクサ・フレーム部隊が、敵騎へ襲いかかる!


 ――VEEEEE!! テンペストⅡのレーザー機銃が火を噴き、閉ざされた正門を金屑に変える。伏兵やブービートラップの存在可能性の高い箇所をレーザーが薙ぎ払い、瓦礫が連鎖爆破で飛び散る。出入口用扉を吹き飛ばす。植樹に引火し、炎が舞う!

 

 攻撃に応じて反撃が来る。――ッ!! 放物線を描きながら榴弾が飛ぶ。ミサイルが白煙の尾を引きながら襲いかかる。曳光弾が入り乱れる。

 

 これほどまでの弾雨でも直撃を受けるイクサ・フレームは敵味方共にない。この程度の弾幕では電脳の弾道予測機能が飽和するに至らない。「実弾は当たる奴がマヌケ」とは実際イクサ・ドライバーの間でも良く言われる警句であった。


『――私が出る!』

 テンペストⅢが突出した。カラーリングは朱色、ドライバーはヤギュウ・ベニマル、母親の美貌を受け継いだ青年だった。


 ――ギュン! 探知外から飛んでくる荷電粒子の矢。それがテンペストⅢに突き刺さると見えた直後、騎体装甲の各所が発光――同時にビームはガラス窓に遮られた放水めいて拡散した。エネルギー中和磁場発生装置〈ホロ・マント〉である。

 この防御兵装は使用時に著しくカルマKエネルギーEプールPを消耗するため、部隊の全騎に装備させるという訳にはいかない。ベニマルがその役目を担ったのは彼が優れた直感と判断力の持ち主であり、そしてヤギュウの嫡男として力量を示すためでもある。彼は大公ムネフエの長男であった。

  

 ベニマルはビームの方向へ右手のタネガシマライフルを一射した。BRAM!! 無論、FCSの範囲外であるため命中の気配はない。牽制のための射撃だった。こうやって釘を差しておくだけで狙撃手の動きは大きく制限される。

 夜間迷彩カラーのテンペストⅡがベニマルをかばうように前へ出る。彼は強いて前に出ない。彼は指揮官としての役目を十分にわかっていた。

 

「――懸かれェッ!」


『『『『イヤァーッ!!』』』』


 テンペストⅢがカタナの切先を突き出し、鋭く指令を下す。テンペストⅡらはロングカタナを抜き放ち、シャウトも高く敵へ殺到した。

 敵もまた決して無能でも臆病でもない。いずれにせよカタナで応じる構えであったのだ、ならばここで雌雄を決せん!


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 ……イクサ・フレームたちがヒロカネ・メタルのロングカタナによってシノギを削り火花を散らす、まさにその最中のことであった。

 テンペストⅡが兵員輸送コンテナを地に置き、「御武運をイクサ・ラック」と言い残して乱刃の中へ向かってゆく。


「変形!」


 ハクアが命じると、コンテナから脚部が生えて多脚車輌となった。それが三台。

 イクサ・フレームによる戦場では、戦震イクサ・クエイクが絶え間なく地面を揺さぶることになる。これはその最中を切り抜けるための兵員輸送車輌だった。

 あらかたイクサ・フレームで事前に片付けておいたため、スムーズに三台屋内に辿り着く。問題はここからだった。内部にあったために吹き飛ばせなかった頑丈な門が阻む。この輸送車輌には兵装がない。

 中からいち早く、白いイクサ・スーツ姿のハクアが降り立った。同時にカタナを抜き放ち、

 

イヤッ、イヤッ、イヤァーッ!!」

 

 三度揮う。すると、強化カーボン合金製の扉が正三角形に切り開かれた!

 

「突入!」

 

 彼女の合図に従って、輸送車輌から現れた急襲部隊が三角の窓口からしめやかに突入する。その後を、ハクアとハチエモンが続く。斥候スカウト役が先頭で多目的暗視鏡マルチヴィジョンを掲げ、室内ブービートラップや伏兵を絶え間なく警戒する。


「……何です?」


 走りながらハクアがハチエモンへ聞く。彼女は父の視線をずっと感じていた。

 

「いや、立派になったなと」

「……そうですか」

 

 一群は無言で疾走する。

 ハチエモンは腕時計を観る。予定が正しければミズ・アゲハが牢のロックを既に開けていることだろう。男女は別々の場所に隔離されているそうだ。彼らを回収し、あとはさっさと引き上げる。そしてミッション・コンプリート。

 ただ解錠からのアフターフォローまでは期待していない。牢から拘束されていた男たちが解き放たれれば、暴力衝動に身を任せないという保証がない。馬鹿なことを考えなければいいのだが――


 青い衛星が雲間から顔を出し、ガラスの砕け散った窓から光を投げかける。

 その光越しに、ハチエモンは天守閣テンシュカクへ向かう影を見てしまった。――決然とした意志を眼に浮かべ、疾走する弟子、サスガ・ナガレの姿を!


「――あの、バカ弟子が!」

「どうしました?」


 ハチエモンが思わず声を上げた。ハクアが怪訝に父を見た。


「向こう側へ走っていくナガレを見つけた」

「……ナガレ=サンが?」


 ハクアにはナガレの行動が読みきれないようだった。脱出していたようだが、他の研修生たちとはぐれたのか?

 一方、ハチエモンにはその意味がわかった。列車襲撃事件の犠牲者の中には、どうやらナガレの友人も含まれていたようだった。そこから考えれば筋道は自明、ナガレはマクラギを発見し、追っているのだ。この時に及んで仇討カタキウチとは実に我が弟子らしい――呆れると同時に感心もする。


「ヤツを無視出来ん。ハクア、後は頼んだぞ」

「――父様!」


 娘の制止など聞かず、ハチエモンは駆け出した。弟子の元へ。一刻も早く!

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