5 論旨は明確にすること
やや反応が遅れたのは監視カメラを警戒したためだ。兵士二人が右房の研修生を揶揄していたが、その他に格別な動きは見えない。
『サスガ・ナガレ=サン、聴こえているか? 聴こえているなら右耳の後ろを人差指で掻いてくれ』
言う通りにした。声の主は恐らく女。聞き覚えがある気がしているが思い出せない。そもそも何故名前を知っているのだ――
『よし聴こえているな。壁に備え付けられた
声の説明は懇切丁寧である。
『今夜、ヤギュウによる作戦行動が行われる。わたしがカメラを欺瞞し、一気に全てのロックを開ける。オヌシは真っ先に出て、皆を正門まで誘導せよ。正門までの道はここを出て全て左に曲がればすぐにわかる。無駄に戦おうなどとは考えるな』
その上に論旨明解。質疑応答の必要はなさそうだ。
『それまで体力を温存し、決行までに備えよ。以上だ』
声が聞こえなくなる。右耳を掻きつつ、もう見えてはいないだろうな、と思う。
ナガレは
××××××
『もう待てぬぞよ、マクラギ=サン』
声の主は出し抜けに言った。
『いつまで、待てば良いのだ。我らも時間が無限にある訳ではないぞよ』
「今しばらくお待ち願いたい。さすれば必ずやかの男の首をお目にかけましょう」
マクラギの口調こそ
「それより
十騎近いイクサ・フレームを輸送する手段は限られている。今回のミッションは中継地点にあらかじめパーツ単位で運び入れたジャマブクセスを組み直し、伏せさせていたのだった。
しかし「迎え」は如何なる手段で来るのか。遙か上空ではトクガの人工衛星が待ち構えているだろう。城から数キロ離れた地点にかつて宇宙港として用いられていた人工湖があるが、そこも監視されているに違いない。
万が一、来なければ来ないでもいい。歩兵たちをイクサ・フレームに収容し、分散して雌伏するだけだ。回収したパーツは売って部下たちのボーナスにするつもりだったが、置いてゆくしかあるまい。
雇用主は含み笑いをした。マクラギは嘲笑われているような気がした。
『問題なし。あれを見れば、必ずやトクガの
マクラギは応えなかった。この手の方々の大言壮語にはいくらでも覚えがあったからだ。
『して、奴は本当に来るのか?』
「来ますよ」
『……あのヤギュウ・ジュウベエには我々も煮え湯を飲まされてきた。それを殺せるというから貴様の
「ならば今しばしお待ち願いたいものですな。あの男は必ず来ますよ。弟子を助け、私の首を刈り取るために。弟子であった私が言うのです」
『……長くは待てぬぞ、マクラギ=サン』
通話が切れた。マクラギは司令卓に携帯端末を投げるように置いた。
第一
「慌てなさんなよ……大物を釣るからには相応の手間暇が必要となる。それをあの御仁はわかっちゃいねえ」
マクラギは独語した。どうせ捕虜の移動を終えてからでも、マクラギは己がジュウベエに対する餌となるつもりなのだ。
「どうしました隊長」
入室した若い部下が汚れた軍手を脱ぎ捨て、マクラギに尋ねた。マクラギは不機嫌を装った。
「スポンサーは我儘だと言ったんだよ、トメイ=サン。それより貴様、騎体の整備はどうなってる?」
トメイ・ルッグンは
「頭部をやられた騎体はファクトリーに運ばなけりゃ運用は無理ですね。もう一騎は奪ってきたアイアンの腕で応急処置しましたが、長持ちはしません」
「その他は異状はないんだな」
「ハイ」
「……何事もなかったら十二時間後にはここを引き払う。皆に通達しろ」
「アイ・アイ・サー」
「トメイ少尉、
「任せてください」
トメイは胸を張った。
マクラギは思った――こいつは十中八九死ぬことになるだろう、と。
××××××××××××××××××××
深夜、ジキセン城中に爆音が轟いた。
その轟音で誰もが眼を覚ます。いち早く反応したのがナガレだった。
PPP...電子ロックがノーティス音と共に解放される。
「救援だ! 救援だ! 脱出だ! 脱出だ!」
彼らは若く、しかも全員がサムライとしての教育を受けていた。戸惑いながらも粛然と房から出た。出られぬほど弱っていた者もいたが、誰かが進んで肩を貸していた。
ナガレがイニシアティヴを取った。
「俺についてきてくれ! 左に曲がり続けていれば道はわかる!」
『ウオオオーーーーッ!!』
研修生たちの声が唱和した。
ハチエモンからの教え・番外編:煽動のノウハウ――論旨は明確にすること。決して大衆を冷静にさせぬこと。何故こういう行動を取るのか、何故自分がイニシアティヴを握っているのか、一切疑問を抱かせぬこと。
そして最大のポイントは、敵を定めること。
ツーマンセルで見回りの兵士がやってきた。
「貴様ら、何をやっている!? 房に戻れ、戻らんか!」
彼らは慌てふためいて小銃を向けた。が、この距離では遅い。ナガレが走り、前に出ていた方の兵士の剥き出しの眼に揃えた指を突きこんだ。サミング!
「グワーッ!」
両眼を抑えてのけぞった兵士の小銃を奪い、もうひとりに銃口を向けた。
「この……!」
戦友を失ったことを知り、生き残った方が怒りを燃やした。――
「フゥーッ……」
拳銃を手にした大柄な研修生が息を落ち着かせようとしていた。実際に人を撃ったのは初めてだったのだろう。
「アリガトゴザイマス」
ナガレが礼を告げた。彼が動かなければ事態はまた面倒な方向に転がって行ったかも知れない。大柄な研修生は肩で息をしながら言った。
「アンタ、スゲエな……」
「やらなきゃ死ぬからな」
ナガレの返事は素っ気ない。一応兵士たちから武器を回収することにした。何人かの研修生が率先してそれを行なった。
大柄な研修生が名乗った。
「俺はモキヤ・タキチ。アンタは?」
「サスガ・ナガレ。モキヤ=サン、アンタが小銃を。使い方は?」
「わかるが……いいのか?」
「俺にはこれがある」
小銃をモキヤに押し付け、ナガレは手にした電磁木刀を見せつけるようにした。彼は再び声を張り上げた。
「さあ! 脱出だッ!!」
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