7 英雄になるという誘惑

 ……少し時間を巻き戻す。

 

 ××××××××××××

 

 城を轟音が揺るがす。

 

「敵が来たか」

「はい、来ましたな」


 椅子に深く腰掛けたマクラギの呟きに、副官であるホネカワ・タダシが直立不動で応えた。白眼が勝った陰気な顔に、痩せぎすだが二メートルを超す長身。この男がいると司令室が余計に狭く感じる。付き合いは長いが、一緒の空間にいて楽しい相手ではない。戦場で背中を預けるに足る相手だというだけだった。

 

「ノキヤマを出しておいてよかったな」

「狙撃手がいるだけで動きを縛れますからな」


 雇用主から半ば押し付けられたような形になったが、ノキヤマ・ツムラは悪くない狙撃手だった。ただ矢鱈ヤタラと技芸を披露したがる悪い癖が気になった。

 

 マクラギが率いる〈ローニン・ストーマーズ〉の固定メンバーは、マクラギとホネカワを除けばいない。ストーマーズにいて生き延びたという経歴がその傭兵にとってキャリアになるという、そんな傭兵団だった。その上傭兵という業種の人材の流動は激しい。更に言えば、人が良く死ぬ。

 

 ついてこれぬ者は死ぬ。さもなくば置いてゆく。部下たちにはそう常に言い置いてきた。その代わり、常に死線の矢面ヤオモテに立つ。必要であれば〈ラスティ・アイアン〉に乗ってでも真っ先に敵陣へ斬り込む。マクラギはそうやって傭兵たちの信頼を勝ち取ってきた。傭兵は他者を軽々しく信じはしない。特に、命を危機に晒せぬ者を。

 

 殿軍シンガリに使う傭兵たちは皆捨てるつもりだ。トメイ・ルッグンを始め、若い傭兵が数名いる。彼らは皆惜しいことになるだろう。しかし、そういうことを繰り返して今までマクラギ・ダイキューは生きてきた。それを否定しようとは思わなかった。

 

「迎えはまだか?」


 これについてはホネカワは首を振った。マクラギは苛立たしげに舌打ちする。来るならさっさと来い、こちらにも準備というものがあるのだから。それにしても、大言壮語を吐いておいてこの為体テイタラクとは――

 

 マクラギは立ち上がった。


「仕方ない。ここから出るぞ、ホネカワ=サン。お前が指揮を取れ」

「は。〈ジャマブクセス〉は慣れぬ故、〈ワイヴァーン〉を使います」

「好きにしろ」

「隊長は?」

「決まっているだろうが。二度も言わせるな」


 マクラギは出撃しない。ギリギリまでハチエモンを待つことは了解事項であった。


 ××××××××××××

 

 男子研修生の一団が灰色セラミックスの廊下を粛然と歩く。等間隔に配置された天井のケミカル提灯チョウチンがところどころ切れかけ、全体的に薄暗い。廊下は不必要なまでに長いが、体力や怪我の問題で走れぬ者もいるため速度は出せない。衰弱した者を捨ててゆくという決断は研修生たちにはなかった。


 地面がしきりに揺れている。そこかしこで轟音が聞こえる。戦闘輻輳音イクサ・コーラス。イクサ・フレームがセラミックスを踏みしめ、踏みしだく音。銃弾が装甲に当たり弾かれる音、流れ弾が建材を打ち砕く音。ヒロカネ・メタルのカタナがイクサ・フレームを引き裂く音――分厚いセラミックスの壁越しでも、かなりの規模で戦闘が繰り広げられているのはわかった。

 

 轟音に負けぬように、モキヤがナガレに大声で尋ねた。

 

「あっちが正門か!?」

「そうだ!」


 そのはずだ――うっかりそう答えようとして言葉を飲み込む。

 ナガレとて自信はない。だがここで弱気を見せれば勢いが崩れる。謎の声の情報を信じる他なかった。

 

 ひたすら歩く。女子のことが頭に浮かぶ。助けに行くべきか? その考えをナガレは振り払った。魅力的だが、実行するには戦力が不足している。死傷者を出さずに女子研修生を救出できる自信がなかった。だからその件は決して口に出さなかった。出せば誰かがその気になってしまう。

 

 廊下の突き当たりにある階段を登る。いくつか迷うところがあったものの、ひたすら左というお告げに従う。幸いにもこの判断にも疑問の声は出なかった。ここまで来ると従うしかないという群集心理が働いているようだった。

 頼む、俺を疑わないでくれ。祈るような気持ちで歩き続けた。

 

 やがて、エントランスへ繋がる通路に着いた。ここまで来れば正門までもう少しだ。研修生が歓声を上げていた。

 窓の外は晴れ渡った夜空。青い月が冴え冴えとした光を地上に照らす。


 ――ゴウン!! 爆轟音が響き、そこかしこから塵埃ホコリがパラパラと降り落ちる。喜んでばかりいられない。窓の外では火の手が上がっているようだった。早く逃げなくては――

 

「――!」

 

 息を呑む。向こう側、天守閣を繋ぐ通路に男の顔が見えた。マクラギ・ダイキューの顔。数人の部下と共に第三天守閣へ向かうところらしかった。

 マクラギが視線だけで窓の外を見ていると、あろうことか、ナガレと眼が合った。マクラギは一瞬だけ驚いた顔をすると、ニヤリと笑って挑発的に見下ろしていた。

 呼んでいるのか。ならば行ってやる。直接的にではないが、友の仇だということには変わりない。

 

「モキヤ=サン、先に正門へ行っててくれ!」

「……何故ナンデ?」

「やることがあった!」


 ナガレは駆け出した。向かうはマクラギ・ダイキューが待つ第三天守閣。

 

 ××××××××

 

 ハクアたちはエントランスで研修生たちを発見した。しかし明らかに数が足りない。女子もいなかった。

 

「他の研修生たちは…?」

「女子たちを助けに行ったんです。まだ合流していないから」


 納得した。彼らは英雄になるという誘惑に勝てなかったのだ。あるいはサムライとしての義務感と言うべきか……エントランスでじっとしてもらっていた方が男女共に救出が楽だというのに。

 

 ハクアがもう少し自制の効かない人格であれば喚き散らしてもやむを得ないところであった。しかし懸命なる彼女は五秒の瞑目で怒りを抑制し、副官に指示を下した。

 

「部隊を半分に分けます。セキグチ中尉は彼らを安全圏へ」

「ハクア隊長は?」

「女子の救出を優先します。次に男子を」


 そしてその後は父とナガレを回収する。セキグチ中尉はカタナを鍔鳴ツバナリした。


御武運をイクサ・ラック、ハクア=サン。君の姉の夫――義兄としての言葉だ」

「アリガトゴザイマス」

御父上オーバー・ダディのこともお願いするよ」

「ええ、必ず」


 敬礼を交わし合って二人は別れた。一方は外へ、一方は戦場の更なる深みへ。

 爆音が響いた。炎が広がりつつある。最早猶予はない。

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