10 百年目の霹靂

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 ……生者が全て立ち去り、列車に残されたのが死者のみであることを知るや否や、栗色の髪を振りながら彼女は起き上がった。背から腹に抜けたレーザーは運良く主要器官に損傷を及ぼしてはいない。頭を撃たれれば流石サスガに万事休すであった。

 

 生命を狙われる危険はなくなったとは言え、依然危険な状況なのは変わらない。やむを得ず仲間へ連絡を取ることにした。ジャミングの雲はややかかっているが、彼女の通信能力を脅かすものでは最早なくなっている。

 

「アー、マルタ=サン、わたしだ……」


 彼女はサイボーグである。電子情報戦特化型サイボーグ。データを偽造・改竄かいざんし、この列車に乗り込んだのだ。ある物を秘密裏に確認し、可能であれば奪取するために。まさか同じ目的のテロリストが襲ってくるとは思いもしなかったが……情報漏洩の可能性に辿り着くまでには時間はそれほど要らなかった。ショーグネイションの情報戦能力は、彼女の眼からすれば控えめに言ってザルに等しい。自らの武力を過信する余り、旧都オールド・ミヤコの貴族の悪癖を唾棄するだけでなく長所も顧みなかったと見える。

 

 だからこそ旧都の情報処理技術を受け継いだ彼女が自由自在にショーグネイションの電子網ネットの目を抜け、情報の海を自由に泳ぎ回る余地がある。そう思えば何も悪いことはない。

 

 死体を数えているうちに、やはり彼女は勘定が合わないことに気付いた。列車の乗員の合計より半数以上足りないのである。

 下手人どもが連行して行ったのか。本来の目的のついでに、身代金目的の誘拐? やりそうな連中だ。

 

 トヨミ軍残党、過激派。そういった手合は敵に打撃を与えるためならばおよそ考えられる手段は何でもやる。洗脳の手段とていくらでもあるだろう。


 サスガ・ナガレはどうしたのだろうか。やはり誘拐されたのか。死体の中に見つからなければいいが。


「……そうだ、急がねばなるまい。手遅れになる前に」


『仲間』との会話に合わせるように口にする。

 

 ……しばらくの後、事件現場から一台のホバーバイクにまたがって彼女が現場を立ち去った。



××××××××


 フォド荒野にて実戦教育訓練研修中の列車、襲撃さる! その捷報は瞬く間にショーグネイション首脳部を駆け巡った。

 

 事件発生推定時刻から二時間後、異常に気がついた近隣基地から救援部隊が駆けつけたが既に時遅し。軍用列車〈し-1333〉号には生者の姿はなく、変わり果てた教官と研修生たちの遺体、そしてイクサ・フレームの残骸が残されるのみだった。遺体の数から生存者は相当数おり、彼らは犯人らによって誘拐されたと思われる。その中には旗本ハタモト大名ダイミョーの名家の子息も含まれていたことから、身代金目的の誘拐が今回の事件の動機とみられるが、用いられた痕跡により主犯と目されるトヨミ系過激派からの声明は発表されていない。

 

 当然ながらマスコミには厳重なる情報封鎖が為され、禁を破った際には容赦のないパニッシュメントが下された。実際この事件について紙面に掲載しようとした出版社や新聞社には大手・中小を問わず憲兵が送り込まれ、責任者は投獄された。記事は全て破棄された。

 ここまで苛烈な処置を行なったのは、これがトクガ・ショーグネイション開府から百年間で初めての出来事だったからである。天領で軍部関係者を明確に狙ったテロリズム!

 

 事態を重く見た今上ショーグン・トクガ・イエヒラはヤギュウ大公ムネフエを諮問、大公府には急遽対策本部が設置された。これにより独自の機動力と戦力を持つヤギュウ大公麾下きか部隊〈ヤギュウ・サムライ・クラン〉が捜査権を握ったが、事件の本格的究明までには今しばらくの時間が必要であろう。……

 

××××××××

 

 首都エド・ポリスはヤギュウ大公府の附屋敷、二人の門番に声を掛ける者があった

 

「なぁアンタ方よ、ちょっとヤギュウ・ムネフエ=サンと面会したいんだが」


 声をかけてきたのは右目が潰れ、右腕左足を義体にした、作務衣セイムウェア姿の無精髭ブショウヒゲの中年男である。義体は金属部分が剥き出しで、別段精巧な物でもない。立ち姿は案外しゃんとしており、どうやらローニンらしい。この場合のローニンとは無役ムエキの引退サムライも指す言葉である。

 職務上、門番たちは槍をクロスさせてローニン男を威嚇した。


御館様オヤカタサマウヌ如き風体ふうていの怪しいローニンには会われぬ」

「早々にここを立ち去るがいい」 


 門番は槍の穂先を向けた。手元のスイッチを押すだけでショックビームが発射される。しかし、それは出来なかった。


「――ヌッ?」


 槍は男の手に渡っていたのだ。全くその気配はなかったというのに。番人は戦慄した。

 男は奪った二本の槍を両手に弄びながら穏やかに言った。

 

「俺はスズメサカ・ハチエモンっていう男だよ。そう言えば、ムネフエ=サンもすぐわかるんじゃないかね」

「な、何奴ナニヤツだッ!」


 その名が判別してなお門番がいきり立つ。一触即発の気配アトモスフィアが満ちたその時――

 

「いい加減にせよ、ハチエモン=サン。お前ではラチが開かぬわ」


 ハチエモンの背後から現れたのは、これもみすぼらしい墨染スミゾメの僧衣の老僧オールド・ボンズである。番人二人は老僧の顔をまじまじと見た後、驚き慌てて拝跪ハイキした。

 

「……マスター・トクアン!」


 トクアンはゆったりとした、徳の気配アトモスフィアを持った笑みを浮かべながら言った。


「跪かずともよい。これなるハチエモンは我が共連れ、儂の用心棒ヨージンボーよ」

「は、はあ……」


 番人は釈然としない顔で立ち上がった。ハチエモンという男は「自分が」大公へ面会に来たという口ぶりだったではないか。しかし疑念を口に出すのは差し控えた。小役人の本能である。

 トクアンは変わらぬ徳の笑みで言った。自分の権利や立場を理解する者の口調だった。


「では、大公閣下にお会いしたいのだがね。ああ、アポイントメントはないのだが……」


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     第2話「オーヴァーキャスト・トレイン」終わり

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