9 四つの0と六文字聖句

『褒めてやる。悪くない腕前ウデマエだ』


 ラスティ・ネイルの上半身がうつ伏せに褐色の地面へ転げ落ちた。マクラギはその両肩へタネガシマを一射ずつ撃ち込み、関節部を破壊した。彼の用心深さが為せるワザだった。

 

『あのハチエモンの弟子だけはある……などと言って欲しいか?』


 騎体を裏返す。コクピットハッチのある腹側を向かせ、ハッチをこじ開けるためだった。

 マクラギは横に向けた時点でその必要はなくなったことに気付いた。ハッチは既に開いており、コクピットは既にカラだった。


××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××


「フゥーッ……ハァーッ……」


 列車に逃げ込んだナガレは、ようやく敵の視界から逃れたことに安堵し、壁へもたれかかって荒い息を吐いた。血液が酸素を求め、全身を駆け巡っているのがわかる。

 イクサ・フレームの探知から逃れてここまで来れたのは幸運を超えて奇跡に等しい。撃破寸前だったが、戦闘機動中のイクサ・フレームの腹から逃れ出ることが出来た時点で幸運の持ち分は尽きていてもおかしくはなかった――

 とは言え見つかるのは時間の問題だ。もうみつかっているのかも知れないが。

 

 マクラギ・ダイキュー。恐るべき敵だった。技倆ワザマエでも読みでも上をゆかれた。同等性能の騎体で闘っていても敗北は必至だろう。師匠センセイたるハチエモンにもそう劣らない技倆ワザマエの敵。ナガレも腕前に自信があった方だが、かくも容易たやすくくあしらわれるとは――全くヤマトは広い。

 

 ナガレは視線を床に落とす。隣には大の字になって寝そべる男子サムライ研修生。その顔には四つの0があった。驚愕と恐怖と理不尽に抗議するように開かれた両眼と口、そして致命的な一撃を見舞われた証である額の空洞。似たような状態にある研修生はそこらに転がっており、一つや二つでは効かなかった。

 

 車輌で動く人影は複数。教官や研修生ではない。ダークカーキ迷彩のサヴァイヴァルスーツとボディジャケットにヘルメット、ガスマスクと暗視鏡ノクトヴィジョン――完全なる特殊部隊の出立イデタチの兵士が長銃を提げ、列車中を我が物顔で徘徊していた。やはり一人や二人では効かない。索敵クリアリングを行なっていた二人一組ツーマンセルが別働隊に異状なしを報告している。

 

 ナガレは隣人の彼の目でも閉じてやろうと考えたが、結局出来なかった。発見のリスクは避けるべきだった。代わりに瞑目し、死者たちに南無阿弥陀仏ナムアミダブツの六文字聖句を捧げた。彼らの仇はきっと討つと念じながら。


 近くには教官の死体もあった。そこから武器を見繕う。拳銃と電磁木刀が見つかった。拳銃の方はタネガシマTガンズGファクトリーF製軍用拳銃〈パックスPヤマティカJ-1600〉。木刀の詳細まではわからないが、やはり柄尻に「種子島」の刻印がある。フル装備の相手には心もとないが、ないよりは遥かにいいだろう。

 

 窓越しに周囲を窺う。まずいことに、手首と指を強化プラスティックバンドで拘束され、ダークカーキの連中に連行されてゆく研修生たちの姿も見てしまった。いっそ死んでくれていたら――物騒な妄想をナガレは頭を振って払った。

 この場合、見捨てるも見捨てないも本人の状況判断に任されている。結局、自分一人で助けるのは不可能だと判断した。苦い唾液が胃の腑へ滑り落ちてゆくのを感じた。 

 

 ナガレは身を低くして現状認識に頭を巡らせる。推測と希望的観測を重ねた現状認識とも呼べぬ情報整理でも、やらぬよりはマシなはずだ。

 連中の目的が何かは今以て不明(ただし、殺すべき者と生かす者の選別はしているように思われる)。敵戦力はイクサ・フレームが確認出来ただけで七騎(ジャマブクセス×6、スティールタイガー×1)。歩兵の数は不明(恐らくは相当数、いる)。列車は機関が大破し、復旧の余地はない。味方は現時点では皆無(行動が自由な者がいればいいが、望みは薄かろう)。

 カコたちは大丈夫だろうか――思わず心配してしまう。

 残された希望は――列車から無線通信を使い、一刻も早く危機を知らせること。あるいは拘束されていない研修生を探し出すこと。そこからは持久戦だ。救援が来るかナガレが戦闘不能に陥るかの二つに一つ。

 

 こごえるほどの恐怖と共に煮え立つような高揚が全身を襲ってくる。悪くない感覚だ。口元が引き連れるように歪むのを自覚する。ジャミングが薄れていようがいまいが関係ない。やる他道はなかった。

 

 心拍数が落ち着いたところで移動を開始する。身をやや低めて、いつでも拳銃は撃てるように安全装置を外し、指はトリガーガードにかけたままだ。

 ナガレは自分の身体能力を過大評価していない。電磁木刀を振りかぶり、ハンドガンを撃ちまくって吶喊とっかんするような愚は犯さない、というか犯せない。自分の行動が自由であることは極力知られてはならなかった。人質を盾にされたならば、彼らを見捨てられる自信がない。

 

 ……十数分後、ある車輌に辿り着く。

 

 足元には何かが引っかかった。生気を失った身体が転がっている。見覚えがあった。栗色の髪の少女。うつ伏せで倒れた彼女の腹に銃創を見つけた。背後から撃たれたらしい。南無阿弥陀仏ナミアミダブツ……ナガレは唇だけで念仏ネンブツする。

 車輌の空間はイクサ・フレームの格納場所であったらしい。数台のバイクや工具キットを納めた台が倒れている。少女はバイクを奪取するためにここへ来たのか?

 

「バイクで逃げ出そうったって無理な話だぞ。ジャマブクセスは既に包囲網を組んでいる」


 背後から声を投げかけられた。ナガレは思わず振り返る。黒いボディジャケット、軍用耐圧ハカマ・ニッカー。ベルトには如何にも無造作に軍用カタナを提げ、髪の毛を逆立てた長身の男――これがマクラギ・ダイキューか。

 マクラギが手招きすると、兵士たちが数人集まってきた。その全ての銃口がナガレに向けられる。


「武器を捨てろ、サスガ・ナガレ=サン。――ちなみに言っておくと、貴様の動きはジャマブクセスから見れば全部筒抜けだった。なあ、ここには何があるんだ?」

「……俺が知るか」


 言い捨てつつも、ナガレは言う通りにした。くだるのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。

 部下たち二人がナガレを銃を突きつけてひざまずかせ、腕と指にバンドをかける。かけられて初めてわかるが、これを外すのはサムライでも無理だ。他の部下は格納車輌を物色していた。

 

「ありました、隊長」

「ゴクロウサマだ。そろそろ撤収だな」


 間もなく、一人の部下がマクラギに報告する。マクラギは懐から通信端末インローを取り出してその表示を見ながら言う。


「……何が目的だ」

「もうちょっと気が利いたことを言えんのか」

 

 跪かされたままの姿勢でナガレはマクラギを睨みつけた。マクラギはその敵意を軽く受け流した。

 兵士のブーツがナガレの背中を踏み、床へ蹴倒した。頬から叩きつけられる。鼻や顎から落ちるよりはずっとマシだが、痛いことは痛い。

 マクラギはカタナを鞘ごとベルトから外した。

 

「一つだけ教えてやる。サスガ・ナガレ=サン、俺は貴様を迎えに来たんだよ。大物タイを釣るためのエビとして、な」


 鞘ごとのカタナが振り下ろされる。ナガレの意識が飛ぶ。

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