第3話 「ザ・ネーム・イズ・グランドエイジア」

1 ヤギュウ大公府公邸にて

 前回までのあらすじ:イクサ・フレームトーナメントで準優勝したサスガ・ナガレを待っていたのは実戦教練研修であった。そのさなか、正体不明のイクサ・フレーム部隊によってナガレたちの列車が強襲された! 為す術なく囚われたナガレに、敵の隊長格マクラギが告げる。「俺は貴様を迎えに来たんだよ」果たして彼の運命は如何に!?


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 二人は大公ムネフエ個人の応接間に通された。裃スーツ姿の正装の秘書官と共に待ち構えていた大公は二人に一礼オジギした。


「お久しうございます、マスター・トクアン」


 マスター・トクアンは高僧として名高い。二代に渡ってヤギュウ大公の宗教面及び政治面での相談役として信頼され、ショーグン家からの下問を受けたこともある。二十年前までは聖ブッダ教団の枢機卿の座にあり、一時は教皇候補ですらあった。しかし彼は教団内の権力抗争に敗れ、地位を奪われ野に下るを余儀なくされた。彼はブッダの弟子でありながら世俗権力を求めた過去を恥とし、今は着の身着のままの巡回僧侶サーキット・ボンズとして世界中に教義を説いて回っている。

 教団を去って尚トクアンの人望は厚く人脈は広い。それを頼ってハチエモンは彼を呼んだのだ。


「そして……お久しうございます、ジュウベエ兄上」


 秘書官が眼を剥いた。ヤギュウ・ジュウベエの名はサムライであるならば誰もが知っている――ヤマト最強のイクサ・ドライバー、生けるレジェンド、〈ザ・サムライ・オブ・サムライズ〉、そして――先代ショーグン暗殺最大の容疑者!


 そう……ヤギュウ・ジュウベエは大公ムネフエの実兄に当たる。サムライとしての資質は十二分、本来ならば彼が大公位を継いで然るべきであったのだ。

 

 それが果たされなくなったのは先代ショーグン・イエテルの暗殺事件である。ショーグン家剣術指南シナン役であったジュウベエはその責任を取って自ら職を辞し、家庭さえ捨てて出奔、真犯人を追ったのだった。ハチエモンの名は幼名である。


「まだるっこしいアイサツは要らん。列車事件の概要を知りたい」

「……だと思っていましたよ」


 ジュウベエ=ハチエモンの言葉はいつも単刀直入だった。弟であるムネフエにも、彼の用向きは読めていた。


 大公は高級卓袱台チャブダイ携帯端末インローで操作した。列車やイクサ・フレーム、そして残された痕跡を含めて現場が再現される。なお、イクサ・フレームの残骸は大部分が持ち去られてしまっていた。恐らくは襲撃者の手によるものだろう。イクサ・フレームは高価なのだ。

 

「事件の説明は――結構ですかな?」

「要らん。和尚マスターからお聞きした」


 ハチエモンがぶっきらぼうに言う。ホログラムを見つめるその眼は、ムネフエが知る往時の兄の眼であった。炯々けいけいとして鋭く敵を見透かさんとする、剣豪ソードマスターの眼だ。


「足跡、拡大」


 ハチエモンが告げる。ホログラムが拡大・鮮明化し、土の痕跡から残されたデータまで表示する。

 

「フムン……」


 しばしハチエモンは考え込んだ。そのニューロンでは、イクサ・フレーム戦に於ける推移が殆ど精確に再現されていた。その場にあったイクサ・フレームの数や騎種、最初に列車から降りて偵察に出た多脚戦車の様子から、突如飛翔して敵狙撃手により撃破された〈ラスティ・ネイル〉、意外な奮戦を見せた〈アイアンⅡ〉など、地面の痕跡を見ただけでハチエモンは詳しく言い当てて見せた。


「相変わらずですな」


 ムネフエは舌を巻いた。超一流のサムライ、その観察眼は得ようと思って得られるものではない。イクサ・ドライバーとして現役でいられる期間は一般に短いが、恐らくこの兄ならばいつまでも現役でいられただろう。肺病など取るに足りない問題だ。

 惜しむらくはその右目と右腕、左足が失われてしまったことだった。ヤギュウ大公家の力を以てすれば再生医療を受けさせることは出来るが、手足が完全に馴染むにはハチエモンはやや歳を取りすぎてしまっている。


「この脚底ゲタ――ヤギュウ・スタイルの〈スティールタイガー〉か」

「ヤギュウ? 別に問題はありますまい」


 ヤギュウ・スタイルは現時点でヤマトで最もポピュラーな流派スタイルと言っていいだろう。ヤギュウはショーグネイションひいてはショーグン家と結びつき、各都市国家に師範マスターサムライ達を派遣し、剣を教授している。そしてそのネットワークは全星規模で及んでいる。

 ハチエモンは鼻で笑った。弟をバカにする時の、それが兄の癖だった。


「バカめ。この場合騎体の方が重要だ。大公にもなってそんなこともわからんか。だからお前は十二まで夜尿が止まらんのだ」

「今それ関係あります兄上!?」


 大公が声を上ずらせた。秘書官が笑うのをこらえてしきりに咳こんでいる。トクアンはすっかり苦笑している。

 ハチエモンがホログラムのある一点を指差した。そこは二重の円弧が深く大きく刻みつけられていた。

 

「これはマクラギ・ダイキューだよ」

「なんと……」

「奴と最後に会った時乗っていたよ。本当にいい騎体を貰いやがって。余程の人物から見込まれたらしい」

「あの裏切り者……まだヤギュウに仇なすか」


 ムネフエが恨みがましく言った。


 巷間で囁かれる噂と、関係者の間の有力情報はしばし食い違う場合がある。ヤギュウ大公家では、先代ショーグン暗殺はマクラギ・ダイキューの仕業であると信じられていた。当時ヤギュウ・サムライ・クラン所属のサムライであったマクラギが突如乱心し、ショーグン家をしいたてまつったと、少なくともムネフエは信じていた。

 現に彼はトヨミ側の傭兵として多くの紛争に参戦し、多くの武勲を立てている。トクガ軍が彼に飲まされた煮え湯の量は何十リットルに及ぶか知れたものではない。


 トクアンが顎を撫でさすりながら言った。

 

「兄弟子が弟弟子を襲った、という形になるかのう、ハチエモン=サンよ」

「そうなりますな」


 ハチエモンの声に苦いものが混じった。

 マクラギ・ダイキューはハチエモンが仕込んだ。厳密には師弟の礼は取っていないが、マクラギとナガレは兄弟弟子と呼べないこともなかった。

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