5 曇天の機械たち

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 狭い車中、ヤギュウのガンジ・ワタリとツブヤ・ソーキが無線をオフにしたまま会話している。主操縦席がガンジ、副操縦席がソーキ。

 

「知ってるか、ソーキ=サン」

「何よ」

「目的地」

「そーいや知らないな…」

「アートミ」

「アートミ!」


 アートミ・シティは東ヤマト屈指の歓楽街だ。その規模はアッキ・シティなど比較にすらならない。美しい街並み、温泉を含めた各種レジャー、歴史的寺社テンプルや城跡、舌をとろかす美食の数々、そしてお楽しみの夜……


「ま、研修生の慰労を兼ねて、ってところだろうな」

「マジかよ」

「しかも貸し切りだってよ。どこまでかは知らんが」

俄然ガゼンやる気が出てきたぜ。人のカネで食うメシより美味いモンはないからな」

「確定情報じゃないからあんまり言いふらすなよ」

「わかったよ」


 接触通信ケーブルが車体にくっつく音。右側に並んだホンダワラ女子が乗る1号車だ。なお、ヤギュウ男子は2号車。

 サウンドオンリー回線が開き、1号車主操縦手のムヤギ・オトミが指示をする。


『あたしたちが先行する。いいかい?』

「オーケイ、頼んだぜ姐さん方」


 ガンジが応答する。ソーキが思い出したように言う。


「そー言えばさ、オトミ=サン」

『何だい』

「ナガレ=サンが髪の長い子と話をしてたのを見たんだけどよ、知ってる?」

『髪の長い子?』

「うん、ストレートヘアーの、サラッサラの」

『いや知らない。ウチは校則で髪は邪魔にならないように切るか結んでいるんだ』

「ふうん、じゃあ別のスクールか」


 オトミがぼそりと『ナガレ=サンも隅に置けないねぇ……』と言う。

 

「ン、なんか言った?」

『いや、別に。じゃあ行くからね』


 ケーブル収納と共に回線切断、オトミが副操縦席のモカベ・サッキに声をかけた。


「サッキ=チャン、行くよ!」

「オトミ=サン、了解」


 続けて2号車も出る。


「ホンダワラ=サンが出たぞ。俺らも行くかい」

「応よ」


 速度を落とした列車から二台の多脚戦車が滑るように地に降り立った。ペットネームの〈アシダカ〉の通りアシダカグモらしい丸みを帯びたこの戦車は、装甲や火力よりも足回りを重点して設計されている。

 イクサ・フレーム出現以降、戦車が陸戦主力兵器の座から身を退いて久しいが、その需要は絶えたことがない。ことに偵察任務などでは全長二〇メートルのイクサ・フレームでは小回りが利かず、何より目立つからである。

 

 列車が速度を上げ、通常巡行に戻る。それより更に戦車の速度が上回った。このまま速度を上げ続け、後方へ置き去りにする。

 二台の役目は列車から数キロを先行し、敵役アグレッサーを発見することだ。可能ならば、相手より早く。その上で列車の元へ情報へ持ち帰る。不可能ならば打電、もしくは信号弾による狼煙ノロシを上げる。


 昨日まで燦々と照りつけていたヤマトの太陽は、灰色の分厚い雲の彼方へ身を隠している。重苦しさを感じるほどの曇天だ。

 列車は渓谷に入っている。草木は殆ど生えず、ごつごつした岩肌が露出し、粘土質を思わせる褐色の土がどこまでも広がっている。人工物は岩肌と褐色の大地を縫って這う金属かねの軌道しか見えない。

 

 二台はしばらく軌道に沿って進む。線路は数キロずつだが緩やかに、横にも縦にも蛇行している。起伏は進むごとに激しくなり、伏兵が容易な地形になる。それこそイクサ・フレームでさえ――あらかじめ目を通していた地図でも先が見通しにくいはわかっていた。「敵」が出てくるとすればこのあたりだろう。


 ホンダワラ組、サッキが告げる。

「センサーに感あり」


 アシダカが速度をようやく緩めた。

 列車をかなり引き離し、その姿は地形のために見えない。

 

「サッキ=チャン、望遠」

「了解」

 

 1号車がアシダカの二番カメラの望遠機能をオン。垂直に伸びる望遠カメラ。見渡す。

 丘とも言える高台の上、人工物らしき反射を発見した。

 

「……何か光った」


 サッキが告げる。オトミが応える。


「レンズ? だったら」


 それが最後になる。


 ――ジュッ。

 1号車に穴が開く。駆動系が電力を失い、関節が沈む。

 

 2号車は咄嗟とっさに何があったのかわからない。


「1号車……?」

「ホンダワラ=サン!? 何があった!?」

「チィーッ!」


 ガンジが危険を感じ、遮蔽物しゃへいぶつとなる位置にアシダカを移動させる。敵が見えない位置へ。さもなくば的となる。


「狙撃手だ! 待ち伏せ食らった!」

「演習じゃねえの!?」

敵役アグレッサーじゃねえ! 本当のエネミーだ! ソーキ=サン! 狼煙上げろ! 赤二本!」


 信号弾が上げられた。赤を二本。緊急事態。ソーキはついでにジャマーをぶち撒ける。己の、そして列車の位置を特定されないために。時間の問題だとわかっていても、やらずにはいられなかった。


 光が走る。二回目の光。1号車を貫いたものと同じ光。スナイパーライフルによる荷電粒子の矢。それはアシダカを狙ってはいない。


「戻るぞ!」

「列車の位置はとっくに割れてるぞ!?」

「このままじゃ死ぬ! なら戻った方がまだしもだ!」

「そ、そうか……待てッ、センサー反応! 距離……速い!?」


 ギウンギウン、ゴウゴウ、コシューコシュー――戦車の装甲外から聞こえる輻輳音ふくそうおんはあたかも死神の足音か息遣いのようだった。

 望遠機能を用いるまでもない。目視可能な距離までそれは接近してきていた。


 イクサ・フレーム。IFB-315〈ジャマブクセス〉。


 死の手から逃れるために、ガンジはペダルを底まで踏み、ハンドルを目一杯切った。

 ジャマブクセスは、通常の動体視力では風になったとしか見えぬ速度で動いた。下段から掬い上げるように右脚が蹴り上げられる。土砂と共にアシダカが舞う。そこへ三度みたびビームが飛ぶ。

 ――ジュッ。

 2号車に穴が開く。


××××××××××××××××××××××××××××××××××


「何があった?」

 ラスティ・ネイルのコクピットでナガレが問う。答えられる者はいない。

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