6 飛翔と火球
赤の信号弾が上げられた。二発。列車の本隊はその意味を取り違えはしなかった。
『研修生、及び教官総員に通達! 本列車は正体不明の敵に襲撃を受けている! 各自持ち場に付き上位者の指示に従って奮励せよ! なお、これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない! 実戦である! 各自持ち場に付き奮励せよ!』
片膝を立てた待機姿勢のままのイクサ・フレームのコクピットにもその通達は来た。ラスティ・ネイルのナガレにも。
三次元ジャイロ羅針盤、ナガレはアシダカを示す光点が消えたのを見た。背筋が冷えた。いや、大方アシダカがジャマーでも撒いたのだろう。ナガレは不吉な考えを振り切ろうとした。
光の矢が飛来した。荷電粒子ビームの矢。
列車が揺れた。大質量の物質が急停止し、車輌内部もまた揺さぶられる。ナガレも咄嗟にコクピットハッチを閉鎖し、こらえた。機関部を損傷した旨が通達される。
状況が知りたかった。コクピットから俯瞰すれば、研修生たちは浮足立っている。教官たちもだ。実戦経験などないのだろうが、可能な限り平静を装って研修生に指示を出しているのはわかる。しかし動揺は隠しきれていない。
揺れが治まると、重々しげに格納車輌のコンテナ外壁が開いた。
〈アイアンⅡ〉が来ていた。乗っているのは義手の教官だった。名前は確かハンギバと言ったか。ナガレの目からは、彼だけが唯一しっかりしているように見えた。彼だけが実戦経験者ということか。ハンギバ教官は単刀直入に告げた。
『偵察車両がやられた。二台共』
「人員の回収を」
『……搭乗席が光学兵器で焼かれている。脱出した痕跡もない。生存は望めない』
ナガレの顔から血の気が引いた。
「……マジかよ」
教官はそれには答えない。代わりに別のことを口にした。
『お前たち研修生にも手伝ってもらいたい。いいか?』
「勿論です、教官殿」
何を、とは訊かなかった。決まり切ったことだ。
『サスガ研修生、どうやらお前たちをとんでもないことに巻き込んでしまったようだ。スマン…』
「……謝るのは別にお願いします」
教官騎が実弾のマガジンとビームカタナを二騎分セットで手渡してきた。
『これを使え。火薬式だが、ペイント弾よりはマシだろう』
「アリガト・ゴザイマス」
受け取る。教官も、恐らく気休め程度だとわかっているのだろう。それでも無下にする気にはなれなかった。
「救援、どうなっているんですか?」
『強力にジャミングが張り巡らされている。最寄りの基地が気付いてくれるのを祈るしかない』
望み薄ということか。
『頼んだぞ、サスガ研修生。
「
教官騎は
……
ラスティ・ネイルの電脳がサブモニタに周波数解析データを映し出す。イクサ・フレーム固有の発生輻輳音、イクサ・コーラスを拾っていたのだ。あるいはアシダカが送った最後のデータだったのかもしれない。
一秒後にライブラリ検索終了。IFB-315〈ジャマブクセス〉。
奴が、あるいは奴らがガンジとソーキを殺した。オトミとサッキを殺した。怒りと殺意が血と共に全身を巡る。冷えていた肉体が熱を取り戻す。
どこのどいつが、何のためにやらかしたのかは知らない。だが落とし前はつけさせてもらう。ナガレは復讐を誓った。
ナガレは騎体を直立させた。状態はオールグリーン。そのまま歩かせ、地に降ろす。
幸か不幸か周辺は起伏が激しい地形の上、粘土質の地面は湿気を含んでややゆるい。出力任せの突撃は躊躇うだろう。
尤もナガレはイクサ・フレームのカタログに於けるジャマブクセスの説明を思い出してしまう――「
アシダカのビーコン反応が消えたのは列車より十キロ近く前方。ということはイクサ・フレームならば今すぐにでも目鼻の先に来てもおかしくはない。
周囲を見渡す。斜め後方、ナスノ・カコの〈エイマス〉が呆然としたように片膝立ちのまま佇んでいた。ナガレは通信ケーブルを飛ばし、叱咤した。
「カコ=サン、しっかりしろ!」
ラスティ・ネイルのスクリーン、サブモニタに映されたカコはビクッと肩をそびやかした。怯える彼女は、年齢よりもずっと幼く見えた。
『わ、わたし、どうすればいいんだろ……』
「イクサ・フレームに乗ってるんだろ! 立て! それで闘え! それだけを考えろ!」
敢えて強く、命令形で言う。ナガレ自身全く平然ではないのに。
何故こんなことをしなければいけないのか。怯えている少女を叱りつけ、戦場に駆り立てなければならないのか。昨日今日面識を得たばかりの少女を。意味もわからぬイクサに。
カコの心情など理解している。突発的な実戦、突発的な友人知人の死。動揺しない方が無理だろう。それでも生き延びるには闘うしかないのだということを強引にでもわからせる他はなかった。
エイマスが立ち上がり、車外へと降りてきた。
ナガレのラスティ・ネイルはマガジンとビームカタナのグリップを、カコのエイマスへ押し付けるように手渡した。
「使い方はわかるな?」
『う、うん』
「命中率は期待できないが、タネガシマでひたすら弾丸をばら撒くんだ」
アサルトタネガシマのマガジンをペイント弾から実弾のそれに交換するのを実演してみせると、追ってエイマスも真似をした。
『無理はするな。時間稼ぎと生存を優先しろ!』
ハンギバ教官騎が広域通信で通達した。短く、力強い声だった。救援が来るという希望を持たせる必要があった。
『アアッ、もうダメだッ――出ますッ!!』
後背、突如としてスラスターの光跡を残してもう一騎のラスティ・ネイルが飛翔した。ドライバーが恐怖に勝てなかったのだ。
『飛ぶなッ!』
ハンギバ教官が叫んだ。だが、遅すぎた。
イクサ・フレームのスラスターは一〇〇トンもの自重を、音速を遥かに超えて加速させるほどの推力を誇る。それでも戦場での安易な飛翔は教本の禁則事項でも強く戒められていることだ。
光が走った。イクサ・フレーム用スナイパーライフルが放った
迂闊に飛べば墜とされる。特に垂直離着陸の直後の軌道予測など、イクサ・フレームの電脳には即座に解析可能だからである。狙撃手ならばただ待ち構えて引金を引けばよかった。
火球が眩く曇天を照らし、消える
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