3 妙に女の子に絡まれる日



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 サムライ研修生を満載したバスはオミヤ・シティへ到着した。

 ヤマト屈指のターミナルであるオミヤ・ステーションはいつも人がごった返して息苦しいくらいなのだが、早朝の人気はあまりない。ビルからビルを繋ぎ交差点をまたぐデッキにはホームレスたちが強化ダンボールを敷いて寝そべり、カラスが液状の何かをつついている。仕事のミスの尻拭いか、ヨレたカミシモ・スーツの勤人サラリマンが「スミマセン、スミマセン」としきりに頭を下げつつ通信端末インローで会話していた。

 

 教官に率いられ、研修生の列がステーション構内へ入った。

 ホームへ降りるとカーキ色の軍用列車が待っていた。数えてみたところ十六輌編成だった。多いのか少ないのかわからない。ナガレたちが知る電車リニアトレインなどよりずっと大きく、これならばイクサ・フレームも運輸可能だろう。


「休めると思ったか? 大間違いだ!」


 列車に乗せられた研修生たちは移動中も休む暇なくランニングや筋トレを強いられた。研修生は食事やトイレなど、許される範囲で一息つくスキルを学ばねばならなかった。無論、教官に咎められた際には連帯のペナルティが発生した。


 昼頃、列車はコイケ・ステーションに停まった。そこで食料、医療キット、衣服などの各種輜重、車輌、そしてイクサ・フレームを搬入した。研修生もそれに加わった。ソーキは熱心に働き、メモも取りながらショーグネイション軍輸送科にのみ伝わる極秘テクニックを学んだ。


 やがて搬入が終わった。夕方を過ぎていた。

 食事を数分そこそこで平らげて、ナガレは向かう。

 格納車輌、そこにイクサ・フレームが置かれている。イクサ・フレーム好きとしての本能は無論、これから乗る騎体を確認しておく必要があった。騎体の振り分けの権利は今回ドライバーたちに委ねられている。唾をつけておいても損はないだろう。

 

「あった……!」


 格納車輌に着くなり目に入ったものに、ナガレが感嘆を声に出す。

 イクサ・フレームが二騎。双方共にカーキグリーンのカラーパターンに、片膝をついた待機姿勢。休眠モードなのか装甲にやや熱を感じる。これが戦闘モードだと放熱のため周囲は生き物が近寄れぬほどの熱気に満ちることになる。待機姿勢のイクサ・フレームは如何にも窮屈そうで、それが一輌の積載限界なのがわかった。

 

 一騎はプレーンな〈エイマス〉だと判別がついた。もう一騎は〈アイアンⅠ〉、通称〈ラスティ・アイアン〉のヴァリエーション騎だろう。すぐ見当はついたが、光源が不十分なのと兵装を外されているためにわかるのはそこまでだ。……いや、鋲の打たれた頑丈そうな脚部装甲キャーハンから言って〈ラスティ・ネイル〉だろうか……? 両騎共ナノウルシ・コーティングにより装甲の傷は目立たないが、高圧洗浄でも落としきれぬ汚れが古兵オールド・ツワモノ気配アトモスフィアを感じさせる。恐らくは就役はナガレたちが生まれるより以前。時代を超えてきた名騎に、自然と尊敬の念を表さずにはいられない。


 騎体の状態を確認しながら歩く。やはり〈ラスティ・ネイル〉で間違いなさそうだ。〈アイアンⅠ〉ネイルズ・パック装備タイプ。嬉しいことに近代化改修を示すマーキングも施されていた。イクサ・フレームはいい……と、何かと肩がぶつかった。


「ア、ゴメンナサイ」


 どうやら先客と鉢合わせしたらしい。髪をツインテールにくくった、小柄な女子高生が尻餅シリモチをついていた。ナガレは素直に謝って手を差し伸べる。

 

「いえ、こちらもゴメンナサイ…」

 

 少女は素直に手を握り、立ち上がる。しばらくナガレの顔を凝視してから、少女は素頓狂スットンキョーな声を上げた。


「アアッ!? そのスズメの校章エンブレムはヤギュウの……ひょっとして、サスガ・ナガレ=サンですか!? あのヤギュウ・ハクア=サンに勝ちそうになった!?」

「うん。俺が、ヤギュウ・ハクア=サンに負けた、サスガ・ナガレだ」


 ナガレは自嘲的に言う。ハクアとナガレの決勝戦は全星ネットワーク上にアップロードされている。即ち、ナガレの敗北が世界規模で知られているということだった。


「あ、わたしナスノ・カコと言います。ホンダワラ女子ハイスクールのドライバーです。ヨロシクオネガイシマス!」

 カコが一礼オジギする。


「ヨロシク」


 悪い子ではなさそうだった。ナガレはカコに一礼オジギを返す。


「決勝戦の動画は何度も見ました! 感動しました! やっぱりエイマスってかっこいいですよね!!」


 カコが再びまくしたててきた。


「……カコ=サン、エイマスのファン?」

「ハイ!」


 屈託のない返事だ。ナガレはどちらかと言えば〈エイジア〉の代替として選んだのであって、エイマスへの思い入れはエイジアに比べてさほど深くはない。しかし少女の熱狂はナガレにそのことを口に出させなかった。

 

「エイマスがこれでもかと真価を発揮する『エルタイ盆地攻防』もいいんですが、やっぱり『子午線上の祭』の描写は白眉ホワイト・マユゲですよね! わたしはこの映画でエイマス好きになりました!」

 

 軍事映画マニア! しかも結構古い作品だ。「エルタイ盆地攻防」なんか「ブッダ・サーガ」の1と同じ頃の封切りだったはずである。随分昔に師匠センセイがヴィデオグラムを借りてきた気がするが、だとしても内容がハードコア過ぎて寝てしまったのだろう。

 

「あー……俺はその二つ観てないかな」

「じゃあ、ナガレ=サンがエイマスを好きになった作品って?」

「き、『機動武者エイジア』かな」

「『エイジア』!」


 カコのギアが更に切り替わった。


「どっどっどどのエイマスが好きですか!? ヤマトバシ一番乗りでタネガシマの一斉射撃を受けて爆発四散するところ? キヤウダ要塞でクランド〈ヴァルチャー〉に腹部をブチ抜かれるシーン? でもでもやっぱり、ヒカルが乗って〈カタール〉相手に大暴れ――」


 横合いから手が伸びてきて、適度な威力でカコの頭を引っ叩いた。

 

「そこらへんにしときなカコ=チャン。困ってるだろ」

「イテッ……アッ、オトミ=サン!」


 オトミ=サンと呼ばれた大柄な女子は溜息をついた。

 

「アンタってエイマスのことになると早口になるんだから」

「オトミ=サンもマノゴ・ヨシルのことになると早口になりません?」

「なりません」

 オトミは断言する。マノゴはヤマト・ヒットチャートでトップクラスの人気を誇る男性アイドルグループの一員だ。ナガレからすれば完全に興味範囲外の音楽である。


「迷惑かけてゴメンナサイね。あたしはカコの上級生センパイのムヤギ・オトミ。あの子は……悪い子じゃないんだけどね」


 ワカル。ただ好きなことになるとやたら早口になるだけで。


「構わないさ。俺はサスガ・ナガレ」

「ああ、ハクア=サンの……決勝戦の相手」

 またもや主体がハクアで覚えられていた。別に今更構わないけれど。


「あたしもドライバーの端くれだからわかるんだ。あたしはカコには一目置いてる。ハクア=サンは合同練習の時、カコを一蹴してのけた。そして彼女と互角のイクサをしたアンタ。それほどのサムライと同道出来るとは光栄だね」

「あんまり褒めないでくれ。調子に乗っちまうから」

「あらそうかい」


 快活にオトミが笑った。


 体格的にはカコよりオトミの方がよっぽどイクサ・ドライバーらしくはあった。サムライは概して体格が良い。ただし、それがサムライ能力の強弱につながらないのが難しいところだ。


「ところでアンタたち、ここに何しに来たのさ」

「「あ」」


 思い出した。二人共イクサ・フレームに「唾をつけに」来たのだ。

 オトミは鼻で息をして「さっさと決めちゃいな」と言った。魂胆などお見通しだったのだ。


「あの……ナガレ=サンは?」

「俺はラスティ・ネイルを貰うよ」

「え? いいんですか? わたしがエイマスに乗っても?」

勿論モチロン


 カコが声を弾ませた。


「よかった! わたし、エイマスに乗ったことなかったんです! ウチのスクール、スポンサードの都合でアイアンとかハウンドとかしかなくって……夢だったんです……お父さんと同じ騎体の……」


 嬉し泣きしてしまいそうになっていた。ナガレは目を逸らした。オトミが半ば呆れたように苦笑する。


「泣かないカコ=チャン。ところでナガレ=サン、よかったのかい?」

「お安い御用で」

 泣かれるとまでは思ってなかった。多分これでいいのだろう。扱い慣れているのはエイマスだが、アイアン系統も騎乗経験はある。そもそも直前に乗っていた騎体はエイマスとアイアンの間の子のようなものだ。


 トーナメントの裏話などをいくらかして二人と別れた。

 元の車輌に戻ると、少女に声をかけられた。栗色の、サラサラのストレートロングヘアーの少女。

 

「サスガ・ナガレ=サンかな?」

 

 なんだか今日は妙に女の子に絡まれる日だ。共学にも関わらずスクールではとんと縁がなかったのに。尤もそんな生活だから三人の女子と会話した程度で印象が強調されてしまうのもまた事実だった。


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余談:ナノウルシ・コーティングについて 


イクサ・フレームの装甲皮膜などに用いられるナノウルシ塗料はウルシ科植物を由来としたナノテクノロジーの産物である。プログラムによる変色が可能で、かつヒロカネ・メタルを始めとするあらゆる金属の欠損をある程度まで修復する。更に光学兵器による防御能力をも付与してくれる。この画期的な発明によりメカニックの負担は実際軽減され、現行騎の八割までが旧来の塗料からナノウルシに切り替えられたという。

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