2 貞操をダイカンコオロギで捨てろ

 七日間に渡る訓練が始まった。


 まず二日、アッキ基地で重訓練を行なった。

 実戦訓練教育は複数のスクールのサムライ研修生と合同で行われた。ヤマトの太陽が例年以上に過酷な光を哀れな研修生に投げかける中で行われたのは、ランニング、アスレチック、サヴァイヴァル、組手クミテ等々エトセトラ

 新兵に課されるハードワークと同じような内容だと聞いているが、実際はそれよりも過酷であろう。全員がサムライ研修生なのだから。では教官が絶え間なく浴びせてくる無限に豊富な語彙の罵倒も、相応の厳しさになっているのだろうか?


「貴様らはクズである! ヤマト太陽系最下等のクズである! ヒメマルカツオブシムシのクソにすら劣るクズである!」

「よっぽど温々ぬくぬくしたスクール生活を送っていたようだな! よかろう、夏に働いて冬を凌ぐアリか夏に遊んで冬に死ぬキリギリスか、どちらかを選べ! 前者以外を選んだ奴は俺自身が介錯カイシャクしてやるがな!」

「オスもメスも皆揃いも揃ってオキナーオオカメムシめいた顔をしやがって! ならば本当に虫のように扱ってやろうか!」

「そこの娘! なんだその動きは! オールドクゲバッタの交尾でももう少しは気合が入っているぞ! 貞操をダイカンコオロギで捨ててから出直せ!」

「おお臭い臭い、貴様らはなんという酷いカルマの臭いをしているんだ! ヒエノヤマゴミムシの屁が香水に思えるわ! 内裏ダイリ・パレスの便所で確かめてくるがいい!」


 初日で全ての研修生が音を上げた。ナガレも含めて。

 泣き出した他校の女生徒の数は十では効かない。男も何人か泣いていた。というかソーキが泣いた。


 困憊のあまりに転倒した際でも教官の罵倒は容赦なかった。


「どうした蛆虫野郎! 貴様はスクールのトーナメントのセミファイナリストらしいが、今の貴様はチョウバエの幼虫より惨めだぞ! それともイクサ・フレームがなければ歩けんのか!」

「……這ってでも進みます」

「そうか。多少の根性はある蛆虫だ! クリハマダラカの幼虫にランクアップだ!」


 組手は地獄だった。体力を消耗した状態で百戦錬磨の教官を相手出来るようなものではない。実際教官は左腕が義手であるにも関わらず如何なる隙も見いだせなかった。柔術ジュージツによっていいように投げられ、転がされ、められた。

 

 ナガレは当初の「無理はしない」というプランを捨てざるを得なかった。教官たちが無理を強いるからだ。それは研修生たちの限界を引き出し、見極めるためでもある。限界状態ではあらゆるものが脳内物質の働きで高まる。身体能力、五感、そしてカルマ。

 ハチエモン師匠センセイの元から離れて二年近くにもなる。自分の限界を見定める必要があった。

それをコンスタントに引き出せるようにする必要があった。 


 サヴァイヴァル訓練は夜を徹して行われた。それ以降のことはナガレも覚えていない。ただ沼か泥か判別がつかないところで溺れかけた気がするだけだった。


 こうして二日目も終わり、シャワーと食事を済ませると、殆どの研修生と同様にナガレはあてがわれたベッドに倒れ込んだ。


「死ぬ」

「死んだ」

「もう虫に例えられるのは御免ゴメンだ…」


 四人部屋、ナガレとガンジとソーキは最早動く気力もない。ちなみに四人目は訓練期間中再起不能を理由に後送されたらしい。こういう場合再訓練の機会が与えられるが、彼は果たしてそれを望むのだろうか。


「まだ続くんだろ…」


 七日の長さに呻いたガンジに対し、ソーキが答えた。


「明日からは軍用列車で移動だと。エート、サクバル基地でイクサ・フレームを受領、護衛任務の疑似訓練をしながら進むことになるとさ…」

「事務方志望なんだが…」

「俺だって輸送科志望だよ。ナガレ=サンだけやってろよ。永遠に」

「俺に当たンなよ…」


 最早冗談を返す余裕もない。


「アッキってさ……軍事で成立してるだろ?」

「だから何だソーキ=サン」

「だから繁華街が盛況なんだよ。娼館クルワのオネーチャンもレヴェルが高いって話だしさ」

「ンな体力ねえぞ……」

「ウン、俺もハッスルしてきたんだけど……」


 研修生が実戦訓練中に抜け出して娼館クルワに行ったところを教官と出くわす、などという笑い話は嘘だとわかる。真面目に訓練を受けていればそんな体力は到底なくなるし、そもそも教官たちは研修生が手を抜くことを許さない。


「体力もないが、そもそもカネもない」

「俺たち皆そーだろーが……」


 三人共そうだ。イクサ・フレームの運用に際して小遣い程度の収入はあるが、殆ど貯金するかさもなければ親元に送っていた。ガンジの家は旗本ハタモトと言えど薄給、五人の弟妹を養っていた。ソーキは父親が早逝し、祖母の家で育てられた。

 コージローとアタロウは同じ孤児院の幼馴染だ。コージローは親に捨てられ、アタロウはそもそも親を知らない。サムライ技師を志したのも孤児院への恩返しである。

 皆それぞれに背負うものがあった。


 馬鹿話も程々に、部屋のケミカル提灯も消さぬまま、いつの間にか三人は眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る