4〈エイマス〉というイクサ・フレーム

「腹は立たないのかお前ら」


 スタッフルームに戻った後、ナガレが言った。ハクアの登場で確実なものとなった。このスタジアムに、フェレットの味方はいない。


「俺は別に立たないけど」

「立たないのかよナガレ=サン」

「ハクア=サンに人気で並ぶとか無理だろ。皆だってハクア=サンにコールしたいだろ」


 忍び笑いが漏れた。ナガレも笑いながら続けた。


「俺の師匠センセイは言ってた。精神論で物理法則は動かないって。この期に及んだら泣いても笑っても怒っても無駄さ。勝ち目もないが代わりに失うものもないんだ、なら気楽に行った方がいい」


「ナガレ=サン、お前楽しんでるのか?」


 ガンジが訊いた。ナガレは頷いた。


「俺は、フェレットの面子とここまで来れて楽しかったよ。それに、ハクア=サンとイクサ出来るのが楽しい。純粋に、サムライとして一対一でハクア=サンと撃剣チャンバラ出来るのが楽しみなんだ」


 ナガレの顔は一世一代のステージに立つ喜びに溢れていた。

 黒手袋のスタッフが言った。


「あのハクア=サンが負けるとも思えん。……しかし、ナガレ=サンが負ける姿も想像出来ん」


感謝アリガト・ゴザイマス、ケンヒト=サン!」

 最大級賛辞に対し、ナガレが素直に礼を口にした。


ソウトモ! ソウトモ!」

 スタッフたちも声を上げた。スタッフルームに熱が満ちる。


 彼らも、負けるために勝ち進んできた訳ではないのだ。勝つために、イクサ・フレームを用意し、電脳を調律し、劣悪と言っていい資金や環境を物ともせず、仕上げてくれた。ナガレにも、その感謝はとても言葉には尽くせない。 


 スタッフたちの視線が、一番目立つところに飾られたイクサ・フレームのフォトにゆく。


 チーム・フェレットが用意したイクサ・フレームは〈エイマス〉。伝説のイクサ・フレーム〈エイジア〉の系譜から生まれた量産騎だ。極めてオーソドックスかつ堅実な設計で、一線から姿を消しつつあるがコアな人気がある。


 ガンメタルブラックのカラーリングはメインメカニックのアタロウの趣味である。右肩部装甲には目つきの鋭いフェレットのチームシンボル、左肩部に荒々しいフデ・フォントで「叡號」の漢字カンジ・キャラクタがペイントされている。いつの時代もカンジは人気の意匠だ。

 

 ナガレは本当は〈エイジア〉に乗りたかったが、入手できなかった。〈エイジア〉の人気は極めて高くエイマスとは比較にならない。かなり状態が悪い中古のレプリカでも殆ど出回ることなく、市場に出ても〈エイマス〉の10倍以上の値が底値の相場だ。通販サイトからちょっと目を離すと売約されている。

 

〈エイジア〉とはそういう騎体である。


 そもそもイクサ・フレームを購入するのは結局はスクールである。常識的に判断するならば〈エイジア〉を買う予算でそれよりもずっと安価な〈エイマス〉や〈アイアンⅠ〉を買ったり、今ある騎体の補修や保全に使うことを考える。チーム・フェレットは立場が弱い。まかり間違って購入が許されたとしても、難癖を付けられて〈エイジア〉を他のチームに奪われる可能性も実際考えられた。

 

 補給の重要性を学ばせるという建前もあって、個々のチームでの資金のやりくりもある程度認められてはいるし、実際フェレットの会計役のガンジも学内株に手を出しているが、やはり到底手が出る価格ではなかった。

 

 イクサ・フレームは維持するだけでもカネがかかり、動かしてもまたカネがかかる。闘わせるとなれば真夏のソフトクリームめいてカネが溶ける。学内での完結が徹底されている代わりに利率が遥かに良い学内通貨でもなければ、学生が到底運用出来るような代物ではないのである。


 トーナメントが始まる半年前の話だ。〈エイマス〉のパーツ点検を終えたアタロウがレンチでエイマスを指した。


「そもそもコイツ、パーツの六割以上を〈ラスティ・アイアン〉の物に置き換える必要があるっスよ」

「そんなに」


 横のコージローが電脳調律の手を止めて言った。


 実際アタロウの見立ては正確だった。元々が練習で壊れ長年放置されていた騎体をレストアしたのだ。ドライバーのアテもない頃から、コツコツと修理して。

 

「こうなるともう〈エイマス〉なのか〈アイアン〉なのかわかんねえっス。パーツをセールで買い込んでおいてよかったっス」

「安いよ安い、買っててよかったMOGAMI」


 ソーキが学内通販サイトのCMフレーズを口にする。


「ということだナガレ=サン。顔面メンポ・マスクはエイジア風にしてやるから我慢しろ」

 会計役のガンジが言った。

 

 ……物思いに耽っていたナガレを呼び声が現実へ引き戻す。

「ナガレ=サン! 支度しろ!」

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