3 ヤギュウ・ハクア

 警戒を物ともせず、チーム・フェレットは破竹バンブー・クラッシュの勢いで快進撃を続けた。瞬速で知られるウスキ・ノビジ、女とは思えぬ豪腕のシラトリザワ・ゴモエ、卑劣極まるホヤ、妖剣の使い手モチヒコ――数々の敵手を撃破し、遂には決勝にまで上り詰めた。生徒も教官も、最早誰一人としてナガレの実力を疑わなかった。

 

 しかしその彼らも、ナガレがファイナルバトルに勝利し得るとは思っていないに違いあるまい。

 

 向こう側のゲートから対戦相手が現れる。拍手喝采が到るところから聞こえ始める。ナガレと彼のスタッフは、それらを自分たちに対するものとは誤解しなかった。

 

 ナガレは師匠センセイから教わった指眼鏡で相手側ゲートを透かし見た。

 

 スタッフに囲まれたハカマ姿のドライバー。遠目からもなお明らかな存在感のサムライ――しかしてそれは女。細身の少女だった。少女のイクサ・ドライバー…!

 

 ナガレを含めチーム・フェレット全員が粛然と背筋を正す。そうしなければならぬと思わせる、そんな相手だった。

 

 身長は百七十センチ。揺るぎなく伸びた背筋は自然と迫真の気を放つ。切れ長の目はあるかなきかの憂いを含んで瑠璃色。黒髪は一切の歪みを持たず長い。眉の付近で切り揃えられた前髪は几帳面な気質を伺わせる。

 

 彼女はヤギュウ・ハクア。

 

 ヤギュウの剣姫ソードプリンセス。ハイスクールに君臨する不敗の女王。問答無用(モンドー・ムヨー)の優勝候補筆頭。美しき一輪の孤高の花――ハクアの仇名は多い。ちなみに彼女自身はそれら全てを黙殺している。


 その姓からわかるように、ヤマトの最高権力者の一人であるヤギュウ大公、その血を分ける令嬢でもある。また生徒会長であり、チーム・サクラの代表ドライバー――そもそもチーム・サクラ自体がハクアのためだけに作られたものであり、彼女の卒業と共に解散することが決められているのだが。


「ハクア=サン、こうやって見てもやっぱり美人だわ。他の女子とはマジでレベルが違う」


 ソーキが溜息を吐いた。

 ナガレが真顔で応じる。


「胸も豊満だ」


 男子スタッフ一同が首肯する。数少ない女子スタッフはそれを白眼視するが、ハクアの美貌は認めざるを得ない模様である。

 

 成績は最高級を意味する「甲」が並び、既に戦争情報理論の分野で博士号を取得しているとか。


 通常有力旗本ハタモト大名ダイミョーの子弟は多くの侍従をつけさせて身の回りの世話さえさせていたりするが、ハクアは他生徒に因る生活への介入を一切断って一般生徒のような質素な寮生活を送っている。放埒の度が過ぎた上級生センパイに直言したことも一再ではないとか。


 ミスコン投票では2位にトリプルスコアをつけてのナンバーワン(本人辞退)。やはりこちらも優勝者予想ギャンブルが成立しなかった。オッズが極度に偏るためだ。他校にもファンサイトが存在するのは確認済みである。将来身分と実力に相応のポストが約束されているにも拘らず、軍広報部は人気目当てに引き抜きを打診中であるとか。


 カタナを執らせては若くして免許皆伝カイデン・ライセンサーたる師範級マスターサムライで、既に実戦経験があるとか。


 少なくとも、彼女がいるだけでトーナメント優勝者予想ギャンブルが成立しないということは事実だった。彼女以外に賭けるのは、冷やかしか、カネを無駄にしたいか、義理か、オール・オア・ナッシングの大番狂オーバン・エラーを狙った曲者クワセモノくらいと見做されており、実際チーム・フェレットもトーナメント前には全員ナガレとハクアに賭けていた。


(「裏切り者どもめ。全く友達甲斐トモダチ・シップのない奴らだ」「でもさ、ナガレ=サンだってハクア=サンに賭けてるよね?」「当然だろ」「「「「「WAHAHAHA!」」」」」美しき友情!)

 

 ソースのない噂混じりではあるが、成績優秀、品性高潔、容姿端麗、武勇無双と話題には事欠かない。天は時に一人に対して四物も五物も与えることがあるのだ。

 

 観客のブーイングが止まったのは、快進撃を続けるチーム・フェレットに対し失礼シツレイだと思ったからではあるまい。ブーイングするくらいならばハクアに対して惜しみなく喝采を捧げるべきだと考えた、それだけだろう。


 更に風が吹く。


 シルクのリボンで一つに結い上げた長い黒髪が棚引く。強風の中に真っ直ぐ立つハカマ姿のハクアは、シルエットでもなお凛として美しい。彼女の敵でさえ見惚れるほどに。

 

 ナガレと視線が合う。二人は殆ど同時に一礼オジギした。オジギをされたら返礼しなければ失礼シツレイに当たるためなのはもちろん、相手に精神的な優位を立たせないため――いわゆるオジギ・イニシアティヴを相手に握らせないためだ。サムライのイクサは、実際にカタナを交える前から始まっている。


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