第21話
女は近くの椅子に座って、語り始めた。
「コアとは、一つの技術です。このコアによってわたしたちは、さまざまな管理業務を行えるのです。彼女は空間移動のコアです。彼女がこうして眠っていることによって、わたしたちはさまざまな場所へと気軽に移動できるのです。ここのほかにもコアはあります。感知のコア、増幅のコア、隠蔽のコア。それぞれの場所にわたしのような管理人が居て、コアを保全維持しているのです。といっても、わたしがやることは、ただ見ていることだけですね。彼女が目を覚ますようなことがあれば、本部に連絡する。そういう仕事です」
「割と簡単そうな仕事ですね」と僕は言った。
「ええ、しかし重要な仕事です」と女は笑った。
「本部に連絡しなくてもいいのですか?」と僕は言った。
「ええ、まだ彼女は目覚めていません」と彼女は笑った。余裕のある笑みだった。僕はため息をついた。友瀬は相変わらず少女の寝顔を覗き込んでいた。
「どうしてそんなに驚いてるんだ?」と僕は友瀬に聞いた。
「どうしてって、アンタ、コアが人間だって知ってたの?」と友瀬は怒ったように僕を見た。
「知らなかったよ。けど予想は出来た。歪曲ってのは結局、人間の意志だ。もしそのコアがあるっていうんのなら、それも何らかの形で人間が関わってるはずだろ」
「で、アンタはそれを破壊する気でいた、そういうこと?」
「そうだ」
「人間を殺すなってウチらを脅してたのに?」
「そうだ」
「ワケわかんない」と友瀬は吐き捨てるように言った。
「君はどうなんだ? コアをどうするためにここに来たんだ?」
「ウチ? ウチは見つけて来いって言われただけ。あらかた外の制圧は終わったから、暇だったし」
「ウソだな。君はこれを壊さなきゃいけない。これが機能している限り、ここに向かって本部から兵が湧き出るようにやってくるんだ。そんな装置を放置しておくなんて、戦略的に間違ってる」
「アンタ、なんも分かってないんだね」と友瀬は僕を嘲笑った。
「分かってたら、こんなに苦労してないさ」
「バカみたい。……、ウチらは別にここをずっと制圧するのが目的じゃないの。本部と交渉する、それで覚醒者たちの処遇を緩めてもらう。それが目的」と友瀬は女を見て言った。女はやわらかい笑みを持って、その言葉を聞いていた。
「じゃあ、今は交渉の段階に入ってるっていうのか」
「そうだよ」
「交渉してるって思ってるのは君たちだけじゃないのか?」
「それはないね。ウチらには『彼』が居るもの」と友瀬は僕を見た。
「彼? さっき一緒にいた男か?」
「ちがう。彼は『彼』。本部がいくつあったって、『彼』には敵わないよ」
「へえ。その彼にここへ来てもらった方がいいんじゃない? このコアだって何とかできそうじゃないか」
「今は、来れないの」と友瀬は下唇を噛んだ。
「へえ。なるほどね」と僕は笑った。
「お茶、出しますね」と女は唐突に笑って、席を立った。僕らが入ってきたドアとは別のドアの中へと消えて行った。
「アイツ、仲間呼びに行ったんじゃないの?」と友瀬は声を潜めて言った。
「さあね、どのみち僕らは詰んでる。コアが壊せないんだからね」
「アンタ、どうしてコアを壊す気だったの?」
「コイツがある限り、僕は本部に近づけない。近づいたら別のところへ飛ばされる。今までそうだった」
「本部に行ってどうするのよ?」
「語り部に会う」
「語り部?」と友瀬は僕をまじまじと見た。
「僕の調べだと、語り部っていうのが現実を決定しているらしい。だから、その現実を変えてもらうために会って話す」
「アンタ、なにいってんの?」
「ただ夢を語ってるだけさ」と僕は床に広がる紅い絨毯を撫でた。猫の毛並には程遠い肌ざわりだった。ドアが開く音がした。女が飲み物を載せたトレーを持ってやってきた。友瀬に有無も言わさずにグラスを取らせ、僕にもそうさせた。中身は麦茶だった。女は再び椅子に座って、こくこくとそれを飲んだ。僕は飲まずにグラスを絨毯の上に置いた。友瀬はちびりと飲んでいた。
「そろそろ正統派の連中が来るんじゃないか? そいつらに破壊を任せてもいいかな」と僕は友瀬に訊いた。
「どうだろうね、ウチの場所知らないかもしれないし、壊すかどうかも分からないよ」
「ほかの人たちは来れませんよ。ここに入れるのは貴方たちだけです」と女は口をはさんだ。
僕たちは揃って女の顔を見た。柔らかな表情がそこに広がっていた。
「どういう意味です?」と僕は訊いていた。
「わたしが許可した人しか、ここには来れないんです。わたしの歪曲はそういう能力なんですね」
「ほんと?」と友瀬は訊いていた。
「ええ、本当ですよ。だからこことゲートを管理できるんです」
「待てよ。じゃあなんで僕らを招き入れたんです?」
「だって、貴方たち、この子の友だちでしょ?」
「いや、僕は確かに彼女に会ったことはあるけど」と僕は友瀬を見た。友瀬は少女の寝顔を見つめていた。
「ウチも、会ったことあるよ。夢の中で」と彼女はぽつりと言った。
「夢?」と僕は友瀬に訊いていた。
「チューシャ、うった時によく見てた夢。なんかのどかな村でお城があって、そのなかにお姫様がいて、ウチはその子とよく遊んでた。そのお姫さまがこの子によく似てる」
「へえ、わけわかんないね」と僕は言った。
「まあね。ウチもよくわかってないよ。けど、この子のことはよく知ってる」
「なるほど」と僕は女の方を見た。女は黙って僕らに微笑みを向けていた。僕はため息をついてから、麦茶を手に取り一気に飲み干した。どんな場所でも出てくるようなかわりばえのない麦茶だった。
「アンタ、知り合いだったのに殺そうとしたわけ?」と友瀬は小さく言った。
「そうだね」
「どうして?」
「コアだからさ。奴らが作るコアってのは利用されるだけなんだ。そこにあるのは君の知ってる、僕の知ってる、あの少女の抜け殻なんだよ。もうそれは兵器なんだ。その兵器は、何人もの人びとを間接的に殺してきた。これからも殺していくだろう。だから、それを止める。それが筋じゃないか?」
「ウチは、彼女が生きてるって知ってる。兵器じゃなくて、人間として。それが夢のなかだとしても」
「僕にはわからないことだね」
「そうやってアンタは自分の都合のいいことだけを見るんだ。ホントだね、アンタは見たいものしか見てない」と友瀬は僕を睨みつけた。
「待てよ。君のいる正統派だって変わりないさ、その点はね。君だって障害だった僕を殺そうとした。さっきだって本部の奴らを殺してきたんだろ。それなのにどうして僕だけを責める? 僕は別に悪くないさ」
「アンタは自己本位だ。ウチらとは違う。ウチらには大義がある」
「僕が自己本位? くだらないことを言わないでくれ。もしそうだったら、君を見殺しにしてたよ」と僕は吐き捨てるように言った。
それからしばらくの間、僕と友瀬は黙ったまま睨み合っていた。
「昔の話をしましょうか」と女は柔らかな声色で、その沈黙を破った。
「昔?」と僕は訊いた。
「そうです。ちょっと昔の話です。そのころ、本部の偉い人たちは覚醒者を人工的に作れないかを日々考えてました。そして一人の研究者が一つの仮説を立てました。『歪み』は歪曲能力の源ではないかというものです。わたしたちが現実を歪ませられるのは、『歪み』の手助けを得ているからではないかと。それは『歪み』が歪曲能力でしか消せない事実から推論されたものです。彼は実験に移りました。さまざまなところから子供や大人を連れてきて、『歪み』に食べさせたのです。多くの大人は『歪み』に飲み込まれてしまいました。子どもたちは別でした。彼らは『歪み』と同化したのです。そのおかげで彼らは歪曲能力を使えるようになりました。本部の偉い人たちはその結果を知り、さっそくいろいろな所から子どもたちをかき集めてきました。彼らはホームと呼ばれる施設に収容されました。そこでさまざまな実験が行われました。最大いくつの『歪み』と同化できるのか。複数の歪曲能力を持つことは出来るのか。そういった実験です」と女は言葉を切った。それから、グラスに入った麦茶を飲んだ。
「もしかして、この子も」と友瀬は女に言った。女は友瀬を見て微笑んだ。
「そうですよ、この子もホーム出身です。そして私もホーム出身なのです」
「へえ」と僕は女を見上げた。
「話を続けましょう」と女は言った。「そもそもどうして人工的に覚醒者を作ろうとしていたのでしょうか。それはコアのためでした。コアは強力な歪曲能力を持つ人間をもとに作るものでした。けれど、そのコアの原石になるような歪曲者はそうそう現れませんでした。そのころもコアは重要な技術でした。本部は原石を血眼になって探しながらも、いつしか自分の手で作れるように望んでいたのです。だからホームが軌道に乗ったとき、原石製造計画が進められました。できるだけ巨大な『歪み』と同化させることが、その計画の肝でした。その結果できたのが、彼女たちなのです」と女は眠れる少女を見た。
「彼女たち?」と友瀬は訊いていた。
「そうです。たとえ、今ここで彼女を殺したとしても、すぐさま別の場所で彼女と同じ能力のコアが作られることになるでしょう」
「ストックはいっぱいあるってことか」と僕は呟いた。
「そういうことです」と女は僕に微笑んだ。
「サイアク」と友瀬は苛立ち気に言った。
「わたしはこの子を妹のように思っています」と女はおだやかに言った。
「へえ」と僕は言った。
「わたしが貴方たちをここに呼んだのは、この子を救ってほしいからなのです」と女は笑みを消して、僕らを見た。
「そうしてくださいますか?」
僕らは黙って女の表情の底を覗いていた。
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