第19話
夜だった。僕は監獄だった瓦礫の上にぼんやりと立っていた。目の前には二人の男女が立っていた。月の光はさらさらと僕らの間を埋めていた。瓦礫の下からはときおりうめき声が聞こえた。もしかしたら僕にしか聞こえない声だったかもしれない。対面にいる彼らは声など気にもせず、僕を睨んでいるだけだった。そのうちの金髪の女が口を開いた。
「アンタ、だれ?」
「僕は福屋アキラ。君は、友瀬レイナだね」
「福屋アキラ?」と友瀬は横にいる男を見た。男は僕だけをじっと見ていた。
「そう、福屋アキラだ。前島さなえの友だちさ」
「さなえの友だち? アンタが? ふざけてるの?」
「ふざけちゃいないさ。大真面目だよ」
「わけわかんない。どうする? 殺す?」と友瀬はまた横にいる男を見た。
「いや、殺せるならとっくにそうしてる」と男は僕を睨み続けたまま言った。「歪曲が効いていない」
「はあ?」と友瀬は僕を見た。それから腕を上げて手のひらを僕の方へと向けた。突風が僕の周りを埋めた。僕はポケットに手を突っ込んだまま、ぼんやりと立っていた。風が止んだ。二人は相変わらず僕の前に立っていた。
「いい風だ」と僕は言った。
「どういうこと?」と友瀬は僕を睨んだ。
「簡単な話さ。ポケットに手を入れてるからだ」と僕は笑った。
「アンタ、歪曲使えたの?」と友瀬は言った。
「使えるようになった。だから、ここにいるんだ。それに今日来たのは君たちの邪魔をしに来たわけじゃない。むしろ、手伝いに来たと言ってもいいね」
「はあ? 信用できないね。どうでもいいけど。アンタの相手をしてるほどウチらはもう暇じゃないの。邪魔しないなら、消えてよ」
「君たちは監獄を壊した。使える人材を手に入れるためにね。けど、その中には危険な奴だっている。わかるかい? 道端で気軽に人を殺しかねない奴だっているんだ」
「無駄話はよそう」と男が初めて僕に口をきいた。「何が用件だ」
「警告さ。君たちが自由にやるなら、僕も自由にやる。君たちが人に手を出すなら、僕も君たちに手を出す。それだけのことだよ」
「アンタにそれだけの力があるとは思えない」と友瀬はせせら笑った。
「まあね」と僕は笑った。「じゃあ、お互いの仕事を再開しようか。君たちは今から管理棟を壊しに行くんだろ。僕はちょっとその辺をぶらぶらしてくるよ」
「アンタに言われなくても、そうする」と友瀬は言い残して、僕の前から消えた。男は動くことなく僕を注視していた。
「君は行かなくてもいいのか?」
「我々は今、未来予知者たちを殺してるんだ。復讐と予防のために」と男は言った。
「ああ、そうらしいね。じゃあ、ここで僕も殺しておくのか?」
「お前は何も話さなかったらしいな」
「まあね。話せることはなかったよ」
「我々が目指すのは、歪曲者たちの自由だ。だから、枷の象徴たるこの学園を壊すんだ。俺たちは解放者だ。奴らは独裁者だ。お前はどっちにつくんだ?」
「僕は僕につくよ」
「くだらないな」と男は初めて笑ってから、消えた。
僕の周囲にはうめき声とそよ風が残った。僕はうめき声がする方へとむかった。いくつも聞こえるうめき声のうちの一つだ。その近くに立って、ポッケから左手を出し、その手のひらを瓦礫の上にかざした。僕の意志に従って、コンクリートの塊が浮いていく。僕は建物の残骸を森の方へと投げていった。月が人の生白い手を見つけた。丁寧に周囲の配管やら便器やら畳やらなにやらを除け分けて、その血と埃にまみれた人物を宙に浮かばせた。彼の右腕はヘンな方向に曲がっていた。彼を横にさせたまま浮かせて移動させ、近くの芝生の上に寝かせた。そうして僕は次のうめき声のもとへと向かった。
十人ほど発掘した時だっただろうか、遠くで大きな爆発があった。その閃光が僕の掘っている瓦礫の奥を照らしたほどだった。僕は掘るのをやめて、爆発のあったほうを向いた。火焔が星空を舐めようとしていた。揺らめく炎は木々を燃やしていった。学園が終わっていくのを僕は感じていた。僕は掘るのを再開して、うめくことすらしない人物を芝生に寝かせた。彼は右手にタバコの箱を握りしめていた。
僕は瓦礫から降りて、芝生の方に向かった。十五人が横たわっていた。それぞれ怪我の程度に応じて、彼らはうねったり、丸まったりしていた。ほとんどが男だった。一人だけ僕と同年代の少女が居た。彼女の服装は他の人たちとは違っていた。白のブラウスに藍色のジーンズといった格好だった。服はあまり汚れてはいなかったが、彼女の額は血で濡れていた。息するのも絶え絶えだった。彼女と同じくらい重傷そうなのは、タバコの箱を握りしめていた男だった。二人は意識が無いように思えた。しばらくの間、僕はぼんやりとその二人の処置を考えていた。
足音がした。影が芝生の奥の小道から現れた。その人物は走るようにして、監獄の残骸に近づいてきた。その途中で、彼は横になって並んでいる人たちに気が付いたようだった。彼は方向を変えて、僕の方にやってきた。僕は彼のことを見たことがあった。先ほど別れたばかりの男だった。だが、よく見ると服装が違った。彼のポロシャツは所々破けていた。彼は荒い息のまま僕の前に立った。
「お前、福屋アキラか? ファイルで見たことがある」と彼は鋭い声で言った。
「そうだ」と僕は端的に答えた。
「なんで、ここにいる? いや、これお前がやったのか?」と彼は監獄を指さした。
「いや、友瀬レイナと、キミによく似た男の仕業だよ」
「俺によく似た?」と男は訝しげに言った。
「たぶん、そういう歪曲なんだろうな。詳しいことは自分で調べなよ。ああ、その前に彼らをどうにかしたほうがいいよ。死んじゃうかもしれないから」と僕は横たわっている怪我人たちを見た。彼も僕と同じく怪我人たちを見て、顔をしかめた。それから、少女を見つけて体を強張らせた。
「芦田っ!」と彼は叫んで、少女の下に駆け寄った。芦田と呼ばれた少女は返事をすることもなかった。彼はじっと少女の顔を覗き込んでいた。
「その子とあっちの男が重傷だよ。なるべく早くに、治療させた方がいいね」
「お前、お前がやったのか?」と彼は僕を睨んだ。
「いや、僕がやったのは瓦礫の中から彼らを発掘したことだけだよ」と僕は答えた。男は疑わしげに僕を見た。僕は彼から視線をきり、歩き出した。
「おい、どこに行くんだ」と背後で彼は言った。
「ちょっと用事があるんだ。後は頼んだよ、福田くん」と僕は言い残して、奥の林道の方へと向かった。僕の目的がその先にあった。
僕は暗い森を抜けた。石畳の道はそこで途絶えている。遠く方から断続的に爆発音が聞こえていた。芝生を濡らす月明かりを頼りに、僕は石塔を目指した。
その石塔は砕かれていなかった。まだここまで手が回っていないようだった。僕は右手をその石壁につけた。石塔は縮んでいき、鋼鉄製のドアになった。僕はドアを開ける。暗い冷気が、僕の足元にまとわりついた。
冷たい蛍光灯に照らされた階段を降り切って、もう一つのドアの前に立った。僕は今度も右手でそのドアを開けた。中に入ると、白く淡い光に照らされた灰色の空間が広がっていた。僕は考えることもなくただまっすぐに歩きだした。
二百歩程度歩いてから、電話ボックスを見つける。僕はその中に入って、受話器を取った。コール音が耳に響く。誰かが向こうで声を出した。
「待機せよ。襲撃報告はすでに聞いている」とその男は無機質な声で言った。
「誰と間違えてるか知らないけど、僕はアンタらに報告しに来たわけじゃない。警告しにきたんだ。語り部に会わせろ、さもなきゃここにあるコアを壊す」
沈黙が僕の鼓膜に触れた。
「名前を言え」とその男は言った。
「来いよ、話はそれからだ、死神」と僕は言った。それから受話器を置き、素早く電話ボックスから出た。ドアに寄りかかったまま、ポケットに手を突っ込んだ。いつ戦闘が始まってもいいように、そうしたのだ。
どこかでドアが開いた音がした。僕はじっと、暗がりの向こう側を睨みつけていた。
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