第5話 シンデレラ、茨を抜ける

 案内してもらった宿で自分だけ泊まるのも可哀想なので、シンデレラは家なしの少女と二人で一泊しました。翌朝揃って朝御飯を食べた後、シンデレラは少女と別れて茨の城へ向かいます。


 城の前まで来たシンデレラは、門塀を覆い尽くす茨に言葉なく立ち尽くしました。塔が向こうに見えますが、隙間なく蔓を張った茨が前を塞ぎ、茨に折られて地を埋める木々の枝で、どこが道かも分かりません。


 まぁ城に行くのはシンデレラではないので、取り敢えず茨の前で例の王子が来るのを待つことにしました。


 ところがこれがなかなか厄介です。シンデレラにはどの人が王子か分かりません。目印くらい欲しいものです。シンデレラは仕方なく、来る人来る人に王子ですかと尋ねていきました。


 当たり前ですが一国一領主の息子たる王子がそうそう通るはずはありません。声を掛けるも外ればかり。夕闇が降り、シンデレラはいつ王子が現れると教えてくれなかった魔女に恨みが湧いてきました。


 もう街に帰っちゃおうか、そう思い腰を上げた時、馬に乗り、ランタンを掲げた男性が近付いてきました。腰には銀の柄に碧玉の光る剣、毛皮の外套の胸には紋章。見るからに高貴な青年です。

「お待ちください、もしや王子様ですか?」

 不躾ぶしつけな問いに、青年は咎めるでもなく馬の歩を止めました。

「私なら、ええ。そのような身分におりますが」

 シンデレラは内心、喜び叫びました。

「ところでこの茨は何なのでしょうか」

 王子は素朴に問います。彼が姫の運命の相手なら願ったり叶ったりの展開です。王子の興味をひくよう、シンデレラは言葉を選びます。

「この奥には城があり、魔法にかけられ百年も眠ったままのお姫様がいらっしゃるのです。孤独にも運命の御方が目を覚まして下さるのをお待ちなのです」

 心根優しそうな王子の瞳はシンデレラの説明にかげりました。

「それは可哀想に…御親族もお側にいらっしゃらないのか…寂しく命を落とす前にせめて茨の中からお救いしたい。それに…こう茨が茂っていては、近隣を通る方々、特にお子様や御老人に棘が刺さっていけない」

 口に手を当て思考する王子の独白はシンデレラの心に染み入りました。その声は憐憫に満ち、にび色の瞳が城の中の姫と自国でもないこの地の民への憂慮を物語っています。


「ご令嬢、ご教示ありがとうございます。私は城の中へ行きましょう」

 馬を降り、王子は交差する茨に剣を抜いて近付きます。そして一太刀、二太刀、軌道も見えぬ手捌きで青銅の刃を振り下ろしました。太刀筋の鋭さにシンデレラは思わず目をつむりました。


「…駄目か…何かの呪いか」


 瞼を上げると、茨は何もなかったかのように入り口を塞いだままです。王子はそれでもなお続けて太刀を降ろしますが、茨は意思を持つかの如く動き、王子を撥ねつけます。


 手も顔も棘で傷ついていく王子を見ていられず、シンデレラはもう一度、と茨に向かう王子の前に両手を広げて立ち塞がりました。


「いけません、このままでは貴方の身体が駄目になってしまいます!」

「そうは言っても、中の姫君を孤独なまま息耐えさせることはできませんよ」

「きっと魔女がなんでも切れる剣とかそういうの、忘れたんだと思います…普通の剣でこんなお化けみたいな茨を全て切れるわけがないわ」

「しかし剣で切れないならどうすれば…」


 王子は顔を歪め、自分の荷の横にどさりと座りこみます。

 それを見て、シンデレラは王子が荷と共に地面に置いたランタンに気が付きました。

 細い炎がチラチラと揺れ、夕闇の中をぼぅっと照らします。

 シンデレラの目は、その炎に釘付けになりました。


「…王子、そのランタンを貸してください」

 シンデレラはゆっくりとランタンを持ち上げ、今は弱い炎を一度消して油皿を開けました。


「切れないほどの茨なら、切らなければいいわ」


 街の少女から買ったマッチを懐から取り出し、勢いよく擦りました。そして点いた火を油皿に近づけると、見る間に高く上がる炎に変わります。シンデレラは地面に散らばる木々から太めのものを拾い、その先に炎を移しました。


「茨だって植物です。剣には勝っても火には勝てないでしょう」


 シンデレラは立ちのぼる炎を勢いよく茨に向けました。


 するとどうでしょう。


 先ほど意思を持つように襲いかかってきた茨は、今度は炎から逃げるが如く、シンデレラを中心に空間を開けました。

 シンデレラが炎を近づけると、その部分の茨は後ろに退きます。反対側の茨に向けるとそちらも退きます。

 その様子を見てシンデレラは叫びました。

「行きましょう!城まで私が先導します!」

 驚いた王子もすっくと立ち上がり、二人は今や奥へ姿を見せた城へ向かって駆け出しました。

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