第3話 シンデレラ、窒息した娘を助ける

「貴女が代わりに行ってくれたら私はここで王子を止めとくわー」

 魔女はうきうき踊りながら杖を振り、シンデレラのぼろ服をしっかりした旅装に変えていきます。

「でも私に魔法は使えないわ」

「のんのん」

 魔女は古風に指を振ります。さすが百歳ごえのジェスチャーです。

「ある城にずーっと寝ちゃってるお姫様がいてー、その運命のお相手の王子様に起こしてもらう算段になってるんだけどー、それを教えるはずのお爺ちゃんがぎっくり腰で寝込んじゃったのー」

 色んな設定が混ざってるけど突っ込まないでー、と訳の分からないことを言いつつ、魔女は上機嫌でガウンや帽子を魔法で出します。

「だからかんたん。茨に覆われた城があるから、通りかかった王子様にここですって教えといて」

 軽すぎる依頼をすると、魔女は「森を西に抜けたら街いっこ超えたとこーよろしくー」と言うや否や杖を一振り。

 それと家の扉が開いたのは同時でした。

「もうっ、舞踏会も収穫なしね! シンデレラ! お湯は? ……シンデレラ?」

 継母達が帰ってきたのです。ところがシンデレラは今いずこ。いるのは奇妙な格好の見知らぬ少女だけ。

 少女は若い外見に似合わぬ長い杖を揺らして笑います。

「お邪魔してまーす。王子が来るからそれまでお邪魔しまーす。あ、シンデレラなら私のおつかいよー」


 * 


 気が付くとシンデレラは森の中にいました。場所だけでなく時も超えたようで、木々の葉の隙間から太陽が見えます。どうせなら茨の城まで飛ばして欲しいものですが仕方ありません。

 気温からしておそらく朝。城は西と言いますから、シンデレラは太陽から見て遠い方へ歩いて行きました。

 歩き出すとすぐ腹の虫が鳴りました。それもそのはず、昨晩ダンスからの全力疾走で体力を使ったのに、何も食べていないのですから。

 ここでシンデレラは重大な問題に気が付きました。

 路銀ろぎんがありません。

 魔女は衣服を用意してくれたものの、旅に必要なお金を渡し忘れたのです。何でも出せる魔女なら必要ないのでしょう。

 最悪野宿か、と覚悟を決めて歩いていると、森の真ん中というのにすすり泣きが聞こえてきます。

 声のする方へ向かうと、木々の開けた場所で一人の青年と七人の小人が透明な箱を囲んで泣いていました。

 小人の上から身を乗り出して箱を除くと、中には白い肌の女の子が横たわっています。病的な白さです。医者に連れて行くべきでは、と心配になるほどです。

「あのう、この娘さん、出してあげた方が良くないですか」

 おずおず声を掛けると、小人の一人が顔を上げます。

「良いのです。可哀想な白雪は林檎を食べたら死んでしまったのです」

 青年も涙を拭いつつ続けます。

「あまりに美しいので遺体でも構いません。ガラスの棺に入れ、私が国へ連れて行きます」

 御遺体だとしても体が朽ちていくのは見るのも見られる方も辛いと思う……という言葉を飲み込み、シンデレラは林檎を食べただけで死にますか、と訊きました。するともう一人の小人が答えます。

「きっと姫をねたむ継母が毒林檎を食べさせのです」

「医者行きました?」

「いいえ、だって息してないんです」

 そんなまず確かめなさいよ、とシンデレラは棺の蓋を開けました。「何するんですかぁ」「姫は綺麗な姿が見えるまま眠るんです」などぎゃあぎゃあ騒ぐ小人を無視し、白雪の脈を取ります。

 するときちんと動いているではありませんか。むしろ脈は速く、唇は紫色——チアノーゼが見られます。

「えい」

 シンデレラは仰向けに寝かされた白雪の顔を斜めに倒し、軽く背中を叩きました。

「……こほっ」

 ぽろり。

 何とまぁ白雪は口から黄色いものを吐き出し、「こほこほっ」と咳き込んだ後、涙を滲ませて眼を開けました。

「やっぱり。窒息ですよ。仰向けじゃ駄目ですよ」

 シンデレラは冷静に注意しますが、小人達は「生き返ったー」とそっちのけで踊り回っています。

 青年が唯一、シンデレラの存在を忘れず感謝の礼をしました。

有難ありがとうございます。やっと姫の声が聞けました。旅の方とお見受けしますが、どうか御礼をしたい」

「いえ、私ほぼ何もしてないので……」

 すると、ぐーとシンデレラのお腹が大声で主張しました。

「……もしできたら、パン一つくらいだけ頂ければ」

 赤面するシンデレラに青年は大笑い。懐から小袋を取り出しシンデレラの手に載せます。

「こちらの道を抜ければ街です。どうぞたっぷり召し上がって下さい」

 チャリンと音の鳴る袋を開けると、中には数日の旅に十分な金貨が光っています。一度は遠慮したシンデレラですが「いいからお持ち下さい」との青年の好意に甘え、足取りも軽く街の方へと向かいました。

 何故彼らと一緒に行かなかったかって?

 小人達の踊りと白雪と青年の色ボケな会話が終わりそうになかったからです。命の恩人なら送ってくれても良さそうなのに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る