第11話 信頼

「セルお母さんと、おはなしができるなんて、思ってもみませんでした」

「セルリアンには本来、自他の区別がない。よってコミュニケーションの必要もないからな。私は、この赤ん坊を見つけたことで、大きく変化した、いわば突然変異、セルリアンの変異種なのだろう」

赤ん坊は、かばんの腕の中でぐずりはじめた。かばんは、赤ん坊をそっとセルお母さんに返す。

「赤ん坊という他者を意識することで自己を生み、生かす為に赤ん坊のことを考え、知識を求め、私は私自身の身体を変化させた。結果、こうしてセルリアンとはいえぬ存在になった」

セルお母さんの乳房に、赤ん坊は吸い付く。その乳房には血が通い、ヒトのそれと違いがないように思える。

「赤ん坊は、そんなヒトの中でも、誰かに生かされなければ生きられない。か弱い存在だ。この子には、私が必要だ」

セルお母さんの眼差しは、優しさという言葉では表せないほどに穏やかで、柔和で、慈愛に満ちている。それを見るだけでかばんにも、赤ん坊がセルお母さんに守られていることがよくわかる。

「だが、変化したとはいえセルリアンは生命ではない。自らの内で生命を作ることができない。この子に生命を与え続けるためには、膨大な生命の輝きを摂取する必要がある。そのためにこの地を大きく様変わりさせてしまった」

「大きく変えるって…砂漠に、ですか」

かばんは、ニホンオオカミやチベットスナギツネの悲しげな顔を思い出した。

「そうだ。望んでしたことではないが、この子に生命を与えるためならば躊躇はせぬ。結果、大地が不毛となろうとも」

「赤ん坊が、生きるべき場所をなくしてしまっても、ですか」

「命のきらめきがなくなれば、また次の土地に行って奪う。だが、私だけでこの先この子を生かし続けるのは無理だろう。どうだ、私と来ないか」


建物の中は、思ったより明るかった。

夜行性のサーバルには、昼間のように見える。

「話し声が聞こえるねー」

「行ってみるのだ」

サーバルが大きなドアを開けると、そこには月明かりに照らされる、かばんとセルリアンがいた。

「かばんちゃん!」

その叫びにかばんが振り向く前に、サーバルの視界は真っ黒なものに遮られた。

「サーバルちゃん!」

大型のセルリアンだ。その触手が鋭く飛び、サーバルたちを絡め取る。

「私と共に来るのならば、彼らに危害は加えないと約束しよう」

「サーバルちゃん!サーバルちゃん!」

かばんの叫びが高い天井にこだまする。


ハンターたちは最初こそ勢いのままセルリアンを圧すかに見えたが、落ち着きを取り戻したセルリアンの前に、次第に押し込まれていた。個々の闘いならば、中型くらいならひとりで倒せるほどの猛者たちだ。だが小型セルリアンが有機的に動いて包囲網は既に完成し、このままでは大型セルリアンに爪が届かないまま全滅は必至だった。

「くそっ、ちょこまかと…正々堂々闘いやがれ!」

「ラーテルさん、セルリアンに言葉なんか通じませんよ」

ハンターたちの息は上がり、傷のない者はいない。

「こうなったら…」

「ああ、そうだな」

「行きますか」

全員が不敵な笑みを浮かべ、一斉に叫ぶ。

「突撃!!!!!」

「これだから脳筋どもは…」

「手筈通りに布陣完了です」

「よし、包囲網を逆包囲、分断する!」

「倒す必要はない!引き付けるだけだ!」

フレンズたちはセルリアンの間を駆け抜け、注意を引く。

砂の旅団は劣勢だった。もとより傷ついた敗残のフレンズたちだ。戦力も圧倒されている。今は注意を引くことだけに専念しているから被害はないが、それもそう長くは続かない。そして一度集中力が途切れてしまえば、旅団はセルリアンたちに蹂躙されるだろう。

「だが、今ここで退けば、サーバルたちを見殺しにすることになる」

「そうですね、もうちょっとだけ頑張りましょうか」

ミーアキャットが眼鏡を外してニヤリと笑う。

「団長、あそこ見て!」

足の速さを活かして斥候に出ていたダチョウが、なにかを見つけてきたようだ。

「あいつが指示を出してるんだよ!」

ダチョウの指の先に見えるのは、大型セルリアンの傍らにいるフレンズのような影。

「セルリアンの指揮官、か。急にセルリアンの動きが統制のとれたものになったとは思ったが。ヤツを倒さなければ勝機はない、か」

「ですが、隣には大型が。しかも超大型。私たちの爪じゃ、歯が立ちそうにもありませんが」

そこに、ラーテルが通りかかった。

「おうチベスナ。助かったぜ。これでもう一回あいつをぶん殴りに行けるな」

「ラ、ラーテルあなた!こんの脳筋が!なにも考えなしで突っ込んで、あのザマだったでしょう!」

「アッハッハ、たしかにザマぁねえな。だがよ、まだ生きてる。だからまたぶん殴りに行ける。命は燃やすためにあるんだぜ」

「もう…。確かにあなたは強い。でもそれは、単に向こう見ずなだけよ」

「お、おう」

チベットスナギツネの剣幕に、ラーテルが気圧されている。

「戦いにはやり方がある。負けたくなければ、たまには私の指示に従ってよ!」

「いいぜ」

ラーテルの即答に、むしろチベットスナギツネの方が面食らった様子だ。

「いい…の?」

「ああ。闘いは好きだが負けるのは好きじゃない。それに、これは負けちゃいけない戦いなんだろう?」

「…ええ。絶対に」

「今日だけは、お前の指揮に従ってやるよ」

チベットスナギツネは、目を見張り、そして少し笑った。それが笑顔だと、わかるフレンズは少なかったかもしれないが。

「あの超大型セルリアンを見て。その横、フレンズ型のセルリアンが見える?あいつを倒して。そしたら私たちにも勝機が見える」

ラーテルは鼻を鳴らした。

「ふん。わかった、行ってくる。グリズリー、一緒に来てくれ」

そう言うと、ハンターたちは再び戦場に戻っていった。

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