第8話 ヒト

かばんとダチョウに置いていかれてしまったサーバルたちは、途方に暮れて暗がりに立ちすくんでいた。街の灯りも、少し離れれば足元までは届かない。

サーバルの耳がピクリと動く。砂の上をざりざりとなにかが転がるような音。閃光が走り、サーバルを真正面から照らし、長い影を作る。キキッと、ブレーキ音がサーバルの耳に飛び込んできた。

「サーバル、乗っテ」

ラッキービーストがフレンズに話しかけることは、通常ない。それだけに現在の状況がどれほど緊急なものかがわかる。

ラッキービーストが運転してきたのは、古く小さなオープンカーだ。

「ボス、これって」

「バスなのだ!バスのにおいなのだ!」

「この音、バスのだねー」

アライグマは既に運転席に乗り込んでおり、フェネックも当然のようにアライグマの隣に乗ろうとしている。

「ボス!かばんちゃんの居場所、わかるの?」

「マカセテ。かばんの羽根にはじーぴーえすが装着されているからすぐにわかるヨ」

エンジンのかかる音とともに、オープンカーは猛スピードで走りだした。

と、思ったらすぐに急ブレーキで停まる。

「着いたヨ」

「えっもう?どこどこ、かばんちゃんどこ?」

くんくん、とアライグマが鼻を鳴らす。

「あれなのだ!」

アライグマが指差したのは、地面に落ちた羽根だった。

「アワワワワワ」


かばんは、フレンズ型のセルリアンが抱く小さなものを覗き込んだ。

「これ…もしかして、ヒト…ですか?」

「見るのは初めてか?これは、ヒトの幼生…赤ん坊だ」

「赤ん坊…」

「抱いてみるか?」

「いいんですか」

かばんはセルリアンから赤ん坊を受け取り、恐る恐る抱いてみる。

それはふわふわと柔らかく、儚くて、それでいてしっかりとした熱を持っていた。

「生きている…」

「そうだ、生きている。我等セルリアンと、最も違う存在だ」

「セルリアンさんは、生きてないんですか?」

「我等にも生はあるよ。君たちの生命 とは、かなり違うがね。それから、セルリアンさんはやめてほしい。君には、別の名をつけてほしい」

「名前、ですか」

「名前、だ。名前は自己と他者を分け、尊重するにしろ否定するにしろ、コミュニケーションの基本だと、ヒトのアーカイブで知った」

「ヒトのことが、知りたいんですか?」

「そうだ。この赤ん坊を所有してから、知識欲が生まれた。赤ん坊を生かすのに必要だから」

「生かす?自分だけでは生きられないんですか、赤ん坊って」

「君はヒトなのに、ヒトのことを何も知らないのだな。赤ん坊だけではないだろう。君も、一人では生きられないではないか」

「一人では生きられない…」

そうだ。サーバルがいてくれなければ、自分は生きてはいられなかっただろう。サーバルだけではない。博士や助手、ライオンたちやヘラジカたち、ツチノコとスナネコ、トキとアルパカ、ジャガーとコツメカワウソ、プレーリードッグとアメリカビーバー、PPPのみんなとマーゲイ、カバ、ロッジのみんな、ハンターたち、アライグマとフェネック、ニホンオオカミ、…そしてラッキービースト。今まで出会った全てのフレンズに助けてもらい、関わり合って、そうして今の自分になったのだ。かばんはそう長くもない自分のこれまでに、多くの出会いがあったことを知った。もしかしたら、目の前にいるこのセルリアンも、そんな一人なのかもしれない。

「…セルリアンさん…えっと、セルリアンで、赤ん坊のお母さんだから…」

お母さん、という言葉が浮かんだ時、何か懐かしいような、暖かいような、けれど寂しいような。そんな感覚がかばんの胸に広がるのだった。そして、そこに浮かぶのは、映像で見ただけのパークガイドの優しく、少し困ったような顔。

「セルお母さん、で、どうでしょう?」

「お母さん…か。よい」

セルお母さんは満足げだ。

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