第4話 豊かな街

「あれが、街」

蜃気楼のように、砂漠の中に忽然と姿を現したのは、明らかに周囲と違和感のある人工物だった。

砂に埋もれていた舗装道路が、真っ直ぐに街の中心に向かって延びる。

「やっと着いたのだ」

徒歩で空腹のまま1日。一行は足元も覚束なくなっていた。

「あ、ボス!」

街の門と思しき柱の前に、ラッキービーストが2体こちらを観察しているようだ。

「かばんさん、大丈夫かな」

ニホンオオカミが心配そうにかばんを見る。

「どうでしょう…キョウシュウエリアのラッキーさんと、変わりないように見えますけど。とにかく行ってみましょう」

かばんは先頭に立ち、ラッキービーストの前に出た。サーバルがいつでもかばんを守れるように身構える。

「あ、あの、ラッキーさん?街に入ってもいいですか?」

「…」

ラッキービーストの目が、激しく点滅する。ラッキービースト同士で会話しているようにも見える。

「あの、このラッキーを直して欲しいんです」

かばんは背中の壊れたラッキービーストを降ろした。

「ようこそ、ジャパリパークのゴコクタウンへ!」

「おかえりなさい!お待ちしていました、ミライ様!」

ラッキービーストがかばんに話し掛ける。心なしか、その声が弾んでいるようにも聞こえた。

「あ、あの!ぼくはミライさんじゃないです!」

「…」

ラッキービーストの目が点滅する。

「…登録名を変更します。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「えっと、かばん、です」

「かばん様ですね、登録いたしました」

「わたしはサーバル!」

「アライさんなのだ!」

「フェネックなのさー」

「ニホンオオカミです!」

「…」

ラッキービーストは反応を見せない。

「やっぱりここのボスも、かばんちゃんにはお話するんだね!」

サーバルが警戒を解く。

「歓迎します!どうぞ中へ!」

「パレードが始まりますよ!」

「パレード?」

「煌びやかで楽しいパレードですよ!」

ラッキービーストが、跳ねるようにかばん達を先導する。

「ついていきましょう!」


人気のない街を、かばん達は進む。道路は破損の様子もなく、建物も磨かれたように綺麗だ。ちょうど、ラッキービーストが操る道路清掃車が、道路をたっぷりの水を使って洗っていく。

「ジャパリマート…なんだろう?」

商店には日常雑貨や食品が豊富に並んでいる。

「かばんさん!じゃぱりまんがあったのだ!いっぱいあるのだ!」

「警告、警告。レジを通すか商品を棚に戻してください」

「レジ?レジってなんなのだ?」

「排除します」

「うぎゃっ!」

アライグマが素っ頓狂な声をあげた。

「ど、どうしたんですかアライさん!」

「うへー、なんかビリってきたのだぁ」

アライグマが落としたじゃぱりまんは、ラッキービーストが回収して棚に戻す。

「こちらへどうぞ、かばん様!」

「ボスとお話できても、痛いのは嫌なのだ」


大通りに出た。するとどこからか、ファンファーレが鳴り響き、空からは金銀の紙吹雪が舞う。

ファンファーレは愉しげなメロディへと変わり、正面から大きく、派手に飾り付けられたバスが、たくさんのラッキービーストたちを乗せてゆっくりとこちらへ向かってきた。バスは何台も何台も続き、それぞれ意匠を凝らした飾り付けがされている。

バスの上のラッキービーストたちも、楽しそうに体を揺らし、飛び跳ねている。

「さあ、パレードのスタートです!」

サーバルたちは口をあんぐりと開け、生まれて初めて見るパレードを、ただ見送るだけだ。

気がつけば街のあちこちからラッキービーストたちが顔を出し、かばんたちを、いや、かばんを見ている。

そのままラッキービーストたちはわらわらとかばんの足元に群がり、最初のラッキービーストがどれなのか、もうわからない。

促されるままに、かばんはひときわ大きな建物に入る。サーバルたちもなんとか後を追った。

建物の中に入った瞬間パレードの喧騒は消え、まるで違う世界に来たかのようだ。

「ここは?」

「ここはセンター。歓迎の準備ができています。お食事はいかがですか?」

パーティー会場にほたくさんの料理が並び、ラッキービーストが音楽を奏でている。パレードの音楽と違って、壮麗で静かな曲調だ。

「ご自由にお食事をお楽しみください」

「あの…サーバルちゃんたちもいいですか?」

「…」

ラッキービーストの目がまた点滅する。

「どうぞ、かばん様のご要望にお応えするように権限設定されています」

見たこともない料理たちは、どれも美味だった。

ラッキービーストたちがラインダンスを踊り、一体どうやっているのかアクロバットで舞い、スタービーストたちが歌う。賑やかな出し物が続き、料理も次々出てくるのだった。

「パーティだよ!楽しいね!」

「たのしいのだ!」

ニホンオオカミも、手掴みで料理を嬉しそうに頬張っている。

「おいしいよ、おいしいよ!」

食べるにつれ、声のトーンが少し変わったような気がして、かばんはニホンオオカミを見た。

「おいしいよう、おいしいよう」

「え?」

かばんは、ニホンオオカミの目に涙が光るのに気付いた。

「おいしいよう…みんなにも食べさせてあげたいよう…お姉さまにも、食べさせてあげたかったよう」

しゃくり上げるニホンオオカミの嗚咽は、やがて号泣に変わった。

かばんがニホンオオカミの背中に手を回すより早く、アライグマがニホンオオカミの頭を抱きとめる。

「なんで?なんでなんですかラッキーさん。こんなにたくさん料理を出せるのに、なんでフレンズさんたちは、ニホンオオカミは虫なんか食べてるんですか!」

「お答えします。脱出にあたり、市長が我々に命じたのです。いつかヒトが戻るまで、ここを頼む、と。我々ゴコクエリアLB群は、シティの維持管理、消費部材などの生産に全リソースを集中しており」

「わかりませんよ!なんでフレンズさんが飢えてるんですか!」

「…我々は、シティの維持管理を完全かつ適切に実施しております」

かばんが涙ながらに訴えるが、ラッキービーストの答えは的外れなままだ。

「ごめんね、かばんさん。さあ、まだまだりょうり、いっぱいあるよ。食べよう!」

ニホンオオカミは、涙を拭うと、再び食べ始めた。

やがて全員の腹が満たされると、かばんはラッキービーストに話しかけた。

「あの、お願いがあります。このラッキーさんを直せませんか?」

「修理ですね。修理工場もここにあります」

パーティー会場を出た瞬間、また音楽は消えた。しばらく白い壁の廊下を進むと、扉の前でラッキービーストは止まった。

「そのラッキービースト2743をこちらへどうぞ」

「?ああ、このラッキーさんですね」

壊れたラッキービーストを手渡すと、ロボットアームが受け取って作業台に横たえる。

すぐに動作チェック、分解点検される。剥き出しになったメカニカルな内臓を見るのは気が咎めて、かばんは目を逸らした。

「チェック中…チェック中…チェック完了しました。ニューロデータの破損が認められます。完全復旧の可能性12.5%、初期化することをお勧めします」

「初期化?そうすると、どうなるんですか?」

「記憶を全て失い、工場出荷状態に戻ります」

「記憶を…それはダメです!このラッキーさんには、きっとこのラッキーさんの思い出があると思うんです!」

かばんは目に涙を浮かべて懇願する。

「かばんちゃん…」

サーバルには、かばんの思いが痛いほどわかった。

「もう一つご提案があります。このボディを、そのラッキービーストエンジンのボディにすることもできます。いかがされますか?」

かばんは、自分の左手首に視線を落とした。

腕時計となったラッキービーストは、何も言わない。

「バスはどうですか?」

思い出したように、かばんは話題を変える。

「もう一つのご依頼の、ジャパリバスのサルベージにもレッカー車を向かわせておりますが、報告では駆動車のボディは全損、パワーユニットは動作するとのことです。客車は大きな損傷はありませんが、崖上までクレーンで吊り上げますので時間がかかりそうです」

「あの、直りますか?」

「現在ゴコクエリアには同型車のパーツや同型車自体は存在しないため、修理はできません。お買い替えをお勧めします」

「他にバスはないの?」

肩を落とすかばんに代わって、サーバルが訊く。

「尚、現在ゴコクエリアには乗用の可動車両は一両も存在しないことを付け加えておきます」

それはつまり、移動手段を失ったということだ。

「かばんちゃん、どうしよう」

いつも元気なサーバルも、さすがに不安そうだ。

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