第4話 その男、プリンスにつき

「あんたなんかお呼びじゃないわ」


 優雅な足取りで前に出たこの男。

 金髪金眼、高身長で引き締まった体つき。ルックスは整いすぎるほど整っており、気障キザなセリフもこの男が口にすればチャームポイント。こんなセリフがこいつ以上に似合う男もそうそういない。


「つれないなぁ、いろは。ここから先は、機巧界のプリンスであるこの僕、トオル・アーバスタインと踊ろうよ」


 そしていろはに対峙して、その大きな背中で八乙女をいろはの視線から遮った。

 その紳士的な振る舞いに、固唾を飲んで成り行きを見守る女子達からは黄色い悲鳴が湧き上がり。男子達からはまた始まったと辟易としたため息がこぼれた。


「なによもう。私、婚姻届について調べなきゃいけないんだけど?」


 いろははトオルの介入に、八乙女への感心を失ったようだ。


「そう言わずにさ。僕といろはの仲だろう?」


「ねぇ、きぃ君、いつに出す? 11月22日はいい夫婦の日なんだって!」


 いろはは鞄から婚姻届の見本紙を取り出すと、その見本紙にある提出日のジンクスに目を向けていた。


 もはやなぜ婚姻届なんて持っているのか聞くのも無粋というものだろう。


 とにかく八乙女にもトオルにも、いろはの目は全く向けられていなかった。


「こちらを見もしないとは、まったく。美しすぎるのも罪ということか」


 いろはのそげない態度をどこをどう勘違いしたのか知らないが、トオルは前髪をかきあげる仕草を見せて女子達から歓声を稼ぐ。


 やり方はどうかと思うが、場を温めたトオルも流石という以外ない。

 それからトオルはいろはの耳元に近づいて、囁くように問いかけた。


「仲良くしよう? 君と僕はバイオロイドと自動人形オートマタ。アプローチの手法に違いはあれど、同じアンドロイドじゃあないか」


 無視を決め込んでいたいろはだが、これには我慢できなかったのか眉をひそめた。


「アナタと一緒にしないでよ」


「つれないなぁ」


 なおも飄々ひょうひょうと近寄ってくるトオルをわずらわしいと払い除け、いろははくるりと反転すると俺の腕を抱き込んだ。


「なっ?!」


 ギョッとして反射的にのけ反るが、がっちりとホールドされた腕はいろはの胸に収まったまま。


「ね、恭介もそう思うでしょ?」


「あ、ああ」


「ふふ、何も恭介君の恋人の座を奪おうというわけじゃない。そこは安心してくれたまえ」


 トオルも何を言ってやがるんだ。……ってやめろお前ら、そんな目で俺を見るな!


「アナタは敵よ? そんなこと分からないじゃないっ」


 それは発想の飛躍にもほどがあるだろ。


「べー、だっ!」


 いろははちらと舌を出し威嚇する。

 二人は水と油の関係で、クラス代表の八乙女とは別の意味で敵対関係にある。


「フ、それで僕を認めてくれるならやる価値はあったのだけど、そうじゃないことは分かっているさ」


 本当にいけ好かないヤツだ。

 悪い男ではないが、これはクラス男子の総意といって差し支えない共通の見解と言える。


「アナタが何をしようが私の敵であることに違いはないわ」


 一切トオルを寄せ付けようとしない断固たる拒絶に男子からは声援が飛ぶ。

 女子達もトオルがいろはに言い寄るような姿は見たくないのだろう、トーンが一段回落ちた。


「嫌よ嫌よも好きのうち、可愛いものさ」


 ギャラリーの旗色が一変したことなど些細なことと、トオルは一人、したり顔で頷いている。

 傍目には気持ち悪いことこの上ないがそこはやはり美青年。女子達は目を輝かせ、ほぅというため息があちらこちらから零れた。


「いろははどうしても認めたくないようだけど、ボクといろはは特別なんだ。だからそう、仲良くするべきなんだ」


 トオルが言うことも一理ある。


「嫌よ」


 いろはが嫌うのも分かる。


「いやはやこれは手厳しい」


 口では困っているように告げるが、それでも余裕たっぷりに笑う。


「そういうところが無理なのよ」


 軽蔑の眼差しを向けるいろはだが、トオルは小揺るぎもしない。なお涼しげに立ってみせ、それがある種のカリスマのようにさえ見える。


「これでこそ僕さ」


 トオル・アーバスタイン。

 自動人形オートマタからのアプローチにより造られたアンドロイドが彼という男だ。


「はいはい、それはようございました」


 いくらおざなりに扱われても、めげずにを貫く姿勢、その自尊心の高さは誰もが一目を置いている。


「であるから、このままの僕で認めさせてみせる。まずは僕のことを知ってくれ」


 しつこいなトオルも。

 いろはもやりすぎるがあるが、アンドロイドは誰もがこういう性格なのか?


「む、きぃ君なんか変なこと考えてない?」


「考えてない」


 鋭いな……。


「僕はここにいる皆が知っての通りアンドロイドとして生を受けた。だが、そのなかでも少し特殊な生まれでね」


 あ、これは最後まで聞かせられるパターンだ。


「僕に赤ちゃんだった頃はない。生まれたときからこの顔とこの体、そして知性を湛えていたんだよ」


 何もかもが気障きざったらしく聞こえるが、まぁ少しの辛抱だ。


「何故かって? それは僕がゼンマイとギアによる機構で組み上げられているからさ。稀代の機巧きこう師である我が母が数億個のマイクロパーツで作り上げた機巧の極致、この世に唯一のオートマタ、それが僕なんだ」


 「現在進行系修羅場を語るスレ」でも書かれていたが、今やバイオロイドは珍しくない。だがトオルだけは例外で唯一無二の存在だ。


「そう、人呼んで機巧界のプリンスとは僕のことさ。あぁ、しかし君達が気を遣う必要はない、僕の心はこの空よりも広いからね」


 トオル・アーバスタインといえばオートマタ、オートマタといえばトオル・アーバスタインであり、機巧界を語るには欠かせない存在と言われているらしい。


「あのねぇ……。だからそのプリンスの部分が気にくわないの!」


 いろはのトオル嫌いは今に始まったことではなくて、この春の入学式で顔を合わせた時からだ。


「はっはっはっ、面白いことを言う。本来であれば君達は、僕と同じ空間にいられるという至上の喜びにむせび泣かなければならないのだよ?」


「なんでよ馬鹿」


「僕がプリンスだからさ」


 二人の間に横たわる溝はとても深い。


「あぁそう給食のパンの日は一人ケーキでも食べてなさいよ」


 トオルをすげなくあしらえるのはいろはだけであり、そのまた逆にいろはの粛清をのれんに腕押し、そつなく乗り切ることが出来るのはトオルだけ。


「ふ、団体行動のとうとさを知らないのかい? 教えてあげるよ」


「トオルが言うな」


 いろはも言うな。


「ん、きぃ君なんか言った?」


「いえなにも」


 思っただけだ、口には出してない。


「僕は嬉しいよ。最初はなんでいまさら学校なんてと不貞腐ふてくされたが、ここには君という人がいた」


「きぃ君やっぱりこいつあなたのことを狙っているわ!」


 本気かよトオル!


「まぁね」


 ざわ。ざわざわざわ。

 ギャラリーから囃し立てる声が打ち上がる。お前ら、やれ愛の告白だ、いろはへの宣戦布告だなんて好き勝手言うのも大概にしろ。


「トオル、冗談もほどほどにな」


「僕は構わない」


 どういう意味だ。


「ちょっと、きぃ君は私のなんだからっ。手を出すと容赦しないわよっ?」


 いろはが味方で良かったと本当に思う。


「おぉ、怖い怖い」


「というかオートマタなんだから、学校なんてほんとにいまさらなんじゃない? なんで普通に入学してきてんのよ」


 いろはは生物工学バイオテクノロジーから生まれたアンドロイドだ。赤ちゃんから始まり、人と同じように成長し、学校に通い教育を受け育つ。


 それに比べてオートマタは最初から基礎知識が埋め込まれていると聞く。


「あぁ、僕には授業なんて必要ないよ。内容は全て知っていることだし暇で暇で仕方ない。だからいつも君たちには楽しませてもらってる」


「それは良かったわね。それでどうして学校に通ってるのよ」


 いちいち構っていたらキリがないと問い詰める。


「お母様の命令だよ。なんの因果か知らないが、急に学校に通えと言われてね。ま、それで僕は楽しんでいる。通いだしたきっかけこそ命令だけど、今も通い続けているのは僕の意志さ」


 お母様とは稀代の機巧師のことだろう。トオルにその目的まで伝えていないようだが、製作者が送り込んだと考えればある程度推察することはできる。


「分かった、つまり私への当てこすりねっ! きぃ君は渡さないからっ」


「待てよ、なんで俺がそのお母様に目をつけられてんだ」


 いろはの考えはほぼ正解だけど、もう半分が絶望的にズレている。


「だってきぃ君だよ?」


 そんなことも分かってないの? とでも言うかのような目で見られても分かんねぇ。


ちげぇよ! いろはとトオルを競わせようとしてんだよ!」


「きぃ君を巡って?」


「頼むからそこから離れてくれ……」


 まぁ、まともに考えれば分かる。バイオロイドのいろはとオートマタのトオルを同じ教室に入れて、性能差試験をしようとしているのだ。


「なるほど。つまり生まれたときからこの姿、年をとることもなく、言いかえれば成長をしない僕、オートマタと成長をするいろは、バイオロイドの比較だね」


 トオルには伝わったか。


「そういうことだ。成長しないということは、常に変わらない性能を引き出せるということで、成長するということは可能性の塊であるとも言い換えられる」


「ちょっと、それじゃなんで私のとこにきたのよ。他にもバイオロイドはいるじゃない」


 それは……。


「バイオロイドのいるところならどこでも良かったんじゃないか?」


「たまたま、偶然ってわけ?」


「ま、そうだろうね。ともかく、どちらがよりアンドロイドとして正しいか、お母様はそれを確かめようとしているというのは同意する」


 ここまでの話でトオルが学校に通う理由は分かったが、だからといって現状が変わるわけではない。


 これからも二人の水と油の関係は続く、それを再認識させられただけだった。


「あ、あの……」


 ふと控えめな声がしてそちらを見れば、八乙女がトオルの背からひょいっと顔を出していた。

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