一緒に帰りましょう、先輩

「今日からリリースまでの間、毎日3時間残業してもらっても大丈夫?」

「はい、わかりました!」

 なんとも陰鬱な一日の始まりなのだろうか。

 客先からのリリース日の前倒し要求。増援人員の投入予定日の遅延。その結果が先輩からの残業宣告である。

 とばっちりにもほどがある。私が何をしたというのか。日々の作業遅延もなく、新卒なりに頑張ってきたというのにこの仕打ち。誰か助けて。

「何かわからなかったり、困ったことがあったらすぐに言ってね」

 残業をしたくないです。

「お気遣いありがとうございます。今は大丈夫ですが、何かあったら先輩に声をかけますね」

「うん、それじゃあ頑張ってね」

 頑張りたくないです。

「はい、頑張りますね!」

 そもそもの話として、毎日3時間の残業というのはおかしくないだろうか。

 ”リリース日までにこの作業が終わっているように残業をしてほしい”なら理解できる。スケジュールの見直しを行い、必要な残業時間を見積もればいいからだ。

 今回の先輩からの指示は無条件に毎日3時間残業することである。正直言って納得がいかない。本当にリリース日まで毎日残業する必要があるのだろうか。先輩の立場の諸々が関与しているのだろうが、とりあえず死んでほしい。

 文句は尽きない。やる気も起きないし、連日の残業を考えただけで気が滅入る。しかし仕事をしないわけにはいかない。ここで仕事をしなければ、残業が増えるどころか休日出勤までするハメになりかねない。

「よしっ」

 隣の席にも聞こえないような声で喝を入れ、私はパソコンと向き合った。




「よしっ」

 我ながら上出来すぎる。

 時刻は定時を1時間程過ぎたあたり。

 現在の作業進捗は優に2日分は進んでいる。明後日に終える予定だった作業が完了している状態だ。

 その分成果物の品質は著しく低い。なるべく手を抜いて、時間効率だけを求め仕事をしたツケだ。

 しかし問題はない。成果物の品質はレビューで取り戻せばいい。どうせ新卒の成果物なんてどれほど時間をかけようとレビューでたらふく修正点を指摘されるのだ。だったら雑であろうと一通り完成させ、そこから修正した方が圧倒的に効率がいい。

「先輩、ドキュメントが完成したのでレビューをいただきたいのですが」

「え? もうできちゃったの!?」

「はい。ただ、急いで作ったのでいつもより粗が多いかもしれません」

「そっか、それじゃあしっかりレビューしないとね」

「はい、お願いできますか?」

「それはもちろん、そうしたいんだけど……私も今ちょっと自分の作業で忙しくて」

「!!」

 先輩が忙しいというのは当然だ。私が残業をするほどに切迫する状況であるということは、同じ案件に参加している先輩も切迫しているのである。

 今もミチミチに詰まった作業スケジュールをこなす中、突然レビューという仕事が割り込んできたのだ。歯切れが悪くなるのは当然であり、これは私にとってはまたとないチャンスである。

 私のこれからの作業は、このドキュメントが完成しないと進めることができない。だからこそ必死こいてレビューが行える状態まで作り上げた。そして、このドキュメントはレビューなくしての完成は絶対にありえない。

 したがって、先輩がレビューを行わない限り、私はできることが何もなくなる。つまり、残業をする意味がなくなるのだ。

 私はすでに2日分の進捗を稼いでいる。だから、先輩がここで自身の作業を優先して、私は帰ったとしても進捗に問題はない。そして私が今日2日分の進捗を稼いだことは先輩も理解しているはずだ。

「うーん、どうしようかな……」

「どうしましょうか」

 自身の作業を優先してください。必ず私が3時間の残業をしなければならないというわけでもないはずです。ぜひ私のことは構わず、そのまま作業を続行してください。

「んーと……」

 なんなら一緒に帰りましょう、先輩。もう1時間以上は残業しています。仮に先輩の進捗が今日の目標までに届いていなくても明日頑張ればいいじゃないですか。いやほんとにもうお願いします。今日まじで頑張ったんです、お互い夜更かしはよくないですし、先輩彼氏欲しいって言ってたじゃないですか、遅くまで仕事しても集中力続かないし、美容にも悪いし、なんなら私もう眠くなってきてまして――

「せっかくシンちゃんが頑張ってくれたんだし、レビューしちゃおっか!」

「はい! ありがとうございます!」

 死ね!

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ソフト屋さんの日常 @papporopueeee

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