先輩、私帰りたいのですが

「ごめんね、すぐにこっちで修正するから」

「いえ、大丈夫です!」

 私の使用している基板のメインマイコンに先輩がプログラムを書き込んだのだが、そこにバグがあった。それも、ソフトが起動しなくなるような類のものだ。

 つまり、私の基板は今ソフトが動かないのだ。私がサブマイコンのデバッグをしたくても、バグの出ているメインマイコンは私の担当ではないからどうにもできない。先輩がプログラムを直してメインマイコンに焼き直すまで、私は基板を動かすことができないのだ。

 したがって、私は先輩がプログラムを直すまで何もできない。

 ああ、仕方ない。これは仕方ない。基板を使用しなくてもできる仕事はあるが、それは期限がまだ先なので今やる必要はない。

 だから、私が仕事をしているふりをしながらぼーっとするのも仕方がない。

 業務時間中にぼーっとしているだけで給料がもらえてしまうが、これは仕方ない。

 先輩のバグのせいでこんなことになるなんて、本当に仕方ないなあ。




 定時まであと15分。今日の業務は実に充実していた。

 ぼーっとして、期限の迫っていない雑務を行って、またぼーっとする。

 毎日こんな業務ばかりで給料がもらえるなんてことにならないだろうか。もしくはそういった仕事を紹介してほしい。

「シンちゃん、ちょっといい?」

「はい、なんでしょうか先輩」

「あのね、今日ちょっとがんばってもらいたいんだけど」

 嫌です。

「はい、わかりました!」

「ごめんね。もうすぐ修正が終わるから、そしたら動作確認をお願いしてもいい?」

「動作確認ですね。他に今日中にやることはありますか?」

 後だしで仕事を追加されては堪らない。残業をするのであれば、帰ってもよい条件に付いて言質を取らなければ。

「ううん、動作確認だけで大丈夫。それじゃあ、修正がわかったら声をかけるから」

「はい、待ってますね!」

 こうして、今日も私は残業をすることになった。




 定時の鐘がなる。残念ながら今日の私にとってはただの雑音、というわけでもない。この会社は定時後に15分の休憩時間が設けられている。

 つまり、自分の机で堂々とスマホをいじることができるのだ。普段であればさっさと帰るためにこの15分も仕事をするが今日は違う。私の業務は先輩がバグ修正をしないと終わらないのだ。

 問題はその先輩も鐘の音と同時にどこかへ行ってしまったことなのだが。おそらくコンビニかどこかに買い物に行ったのだろう。

 まあこれは仕方ない。休憩時間なのだから。休憩時間にどこへ行こうと自由だ。本音を言うとこの15分の間にもバグ修正をして一刻も早く私を帰してほしいが、休憩時間だ。仕方なくスマホをいじっているとしよう。




 帰ってこない。休憩が終わってからもう10分は経とうとしている。

 確かにこの会社は業務中の休憩はとくに制限なくとることができる。タバコ休憩はもちろん、業務中にコンビニ袋を提げながら帰ってくる人も珍しくない。

 だから先輩が休憩時間後に10分程度帰ってこないというのも大したことじゃない。これが30分なら問題かもしれないが。

 ただ、今は私を待たせている状況なのだ。10分だろうが5分だろうが、業務時間中は業務をしてほしい。

 結局先輩はちょうど10経ったところで帰ってきた。

 先輩はもうすぐ修正が終わると言っていたし、動作確認も大して時間はかからない。この調子なら残業も1時間程度で済むかもしれない。




 もうすぐ修正が終わると言っていた。それは間違いない。

 したがって、すでに私が1時間以上残業をしているこの現実が間違っているのだろう。そうに違いない。

 しかもこの1時間でやっている業務が大して緊急性もないというのだから笑えない。どうして私は今日残業をしているのだろうか。先輩、私帰りたいのですが。




「シンちゃん、修正終わったから基板を貸してもらってもいい?」

「はい、どうぞ!」

 その後、先輩から返された基板の動作確認を10分で終えて私は残業を終えた。

 総残業時120分に対して、私が仕事と呼べるようなことをしたのは最後の10分のみだった。

「今日は待たせちゃってごめんね、シンちゃん」

「いえ、私もやろうと思っていた仕事があったので。だからちょうどよかったです!」

「本当に? それならよかったわ」

 ただし次に同じようなことがあったら私はお前を殴る。

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