最初からお前が作れよ!

 朝。

 業務の始まる時間だが、会社内にいる人間は多くない。

 朝の定時から働いているのは派遣と入社して間もない新人がほとんどで、正社員は大体の人がフレックス出社だ。

 新卒であり派遣技術者でもある私にフレックスなんという選択肢はないので、先輩も上司もいない中業務を始める。最初のころは放置されていることに不安を感じたりもしたが、今では慣れたもの。上の人間の目がない中働くというのはなんとも気楽でいい。

「ふんふんふふーん」

 小さな、隣の席に人がいたとしても聞こえないような声で歌を口ずさむ。

 上司の目がないという理由だけではない。今日の私はいつもの朝と比べてもすこぶる機嫌がいいのだ。

「ああ、動いてる動いてる」

 上司からリリースが近いからと昨日中に仕上げるよう言われた仕事。朝から定時までに加え三時間の残業をしてようやく作り上げたCAN通信アプリケーション。コンソールから送信されたCANデータをサブマイコンが受信し、必要なデータだけをメインマイコンに送信するという簡素なものだが、未熟な私にとっては大変な作業だった。

 設計して、プログラムを書いて、動かなくて。

 原因を探して、設計しなおして、プログラムを書いて、また動かない。

 そんなことを繰り返して、昨日残業の末に動作確認まで終えた。

 残業は嫌いだ。だからこの仕事も実を言うとあまり好きではない。でも、苦労して作り上げたものが目の前で動いているのを見るのはたまらなく気持ちがいい。だからきっと、この仕事は私に合っているのだろうと思う。

 しかしいつまでもこの成果を眺めているわけにはいかない。私にはまだ他にも仕事が残っているのだ。

 名残惜しくはあるが、別のアプリケーションの設計にとりかかろう。




「ちょっといい?」

 昼休みを終え午後の業務が始まると同時に上司に呼ばれた。

「はい、なんでしょうか?」

「午前中に、昨日作ってもらったCAN通信のプログラム読んでたんだけど……」

 まさか、何かバグでもあったのだろうか。

「何かバグがありましたか?」

「バグってほどじゃないよ。ただちょっとコードを直したから、改めて動作確認をしといてくれない?」

「はい、わかりました」

 どうやらバグはなかったらしい。おそらくコードの書き方に何か問題があったのだろう。

 プログラムの書き方には守らなければそもそも動かないようなルールもあるが、そうではないルールもある。個人の嗜好であったり、会社の取り決めであったり、仕様の条件であったり。動作としては同じだとしても、コードが全く違うというのは珍しいことではないのだ。

 だから今回の修正は私の書いたコードの一部が取り決めに反していたか、上司の好みではなかったということなのだろう。

 それにしても書き直しておいてくれるのは正直ありがたい。だらしない服装だし身長も小っちゃいし化粧せずにすっぴんで来るような人だが、やはりベテラン。昨日の残業で疲れている新卒を労わろうという思いやりを感じる。

 心の中で上司に感謝しながら自分の席に戻り、上司が修正したプログラムを読む。

「……」

 そこには、私が昨夜書き上げたプログラムの面影はなかった。

 いや、ないというのは言い過ぎか。2割ほどは残っている。しかし残りの8割はほぼ別物だ。個人の嗜好という規模ではない。上司は私の設計した方法とは全く別の設計でCAN通信アプリケーションを作り上げていた。

 しかも明らかに上司の設計の方が優れている。見やすく、わかりやすく、シンプルな処理だ。

 これが経験の差ということだろう。私が残業をしてまで作ったものより優れているものを、上司は午前中の2、3時間で作れてしまうのだ。

 悔しさはある。でもこれも勉強だ。新卒の私は上司のコードから学び、そのサポートとして動作確認を行うのが仕事なのだ。

 頭ではわかっている。しかし言わせてほしい。

 昨日上司は言った。リリースが近いからCAN通信アプリケーションを今日中に作ってほしいと。

 そして私はそれを10時間近くかけて作った。リリースが近いと言われたから必死で、残業までして作ったのだ。

 次の日、上司は2、3時間でほぼ全てを作り直した。


 そこまで作り直す暇があるなら最初からお前が作れよ!

 リリースもう間近じゃん! 昨日の私には雑用でもやらせとけばよかったじゃん!

 何よりも残業してた時間を返して!

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