ハローグッバイ



 ハロー、ハロー。

 はじめまして、そしてさようなら。


 ギギギ……ゴ…ザッ……ザザッ…

 

「おねえちゃーん!久しぶりにみつけたー!」

 どたどたと騒がしい足音が部屋の中に入り込んでくる。積み上がる資料に囲まれながら私は振り向いた。

 ここは星の観測所。日夜広い広い宇宙について観測を行っている場所だ。高台にぽつんと立つ灯台を丸く横に広げたような建物の周りには、何もない草原が広がっている。住人は辺りに居ない、ここにいるのは私と、そして、先ほどの騒がしさの張本人、私の妹だ。

「おおっ、よくつかまえた妹よ!」

 部屋に飛び込んできた妹にハイタッチをして喜びを分かち合う。

「えへへ、あたしの才能だねー」

「うぬぼれるなーと言いたいところだけれど、今回ばかりはよくやった。もう数ヶ月聞こえるものが無かったから、ひやひやしたよ」

「でもね、何か起こったのかもしれないよお姉ちゃん」

「どゆこと?」

「こういうこと」

 妹はとりたてほやほやの宇宙の音を目の前に取り出した。きらきらと光る発光体は、宇宙に漂う電波と呼ばれる音の集合体だった。このきらめきが強いほど、はっきりとした音として聞き分ける事が出来る。今回の電波は、とびっきり強い光を発していた。まぶしさに目を細める。

「今回のは…特別そうだね」

 私たちはお互いに一つだけうなずき、沈黙した。開けっ放しの窓から迷い込むそよ風は私たちの頬を撫でていく。乱雑に積まれた本のページがめくれ、ぱらぱらと音を立てた。その時、


 ハロー。ハロー。


 部屋の中に声が響いた。それは私たちの目の前、発光体から発せられたものだ。


 はじめまして、そしてさようなら。

 ちゃんと聞こえていますか?届いていますか?

 この通信は地球最後の日に宇宙に送り出されています。

 あなたたちの星から、私たちの地球は見える星なのでしょうか、それとも光すらも届かない遙か彼方遠くの星なのでしょうか。

 この音がどこまで届くかはわからない。だけれど、映像よりは軽いデータだ、少しでも遠く、少しでも他の星の誰かへ届きますように。

 簡潔に言うと、地球はこのあと24時間以内に終わりを迎えます。人間の終わりじゃない、地球の終わりです。太陽系という一つの枠組みが、大きな惑星の飛来と共に消えて無くなります。その惑星は私たち地球にぶつかります。それですべてがおしまい。だからせめて、私たちがここに生きていた証を残そうと思います。私たちは「人間」この地球に生きていた、種族の一つです。


 言葉のすべてはわからなかったけれど、この言葉は私たちがここで観測を始めてから、いくつも届いていた言語の一つだった。解読が進んでいる言葉の一つだ。「地球」という言葉が聞き取れた。私は手近な本に手を伸ばし、音が発した「地球」を探していく。

「あった…!」

「おねえちゃん、しーっ!」

「ああ、ごめんごめん」

 妹に諫められて慌てて口を閉じる。

 この光はナイーブで、それ以外の音が大きいと聞こえなくなってしまうのだ。開いたままの地球のページにしおりを挟んで、続きへと耳を澄ます。


 私たち人間には争いがつきなかった。人間という種族だけで争いが繰り返され、幾度も壊れ、復興しながらこの地球で生活してきました。しかし、そんな人間の力などとうてい及ばぬこれから起こる出来事は、人間に与えられた罰なのかもしれません。

 私たちはこれから、この星と共に消えます。これで人間の歴史も終わります。ただ、宇宙には地球があり、私たち人間と、そして数々の動物たちが住んでいました。私たちがいた事実を、ここに残したい。もしこのメッセージを受け取ってくれたあなたが、私たちがいた事実を覚えていてくださるなら、幸いです。

 

 see you again.


「………地球、人間、消える、か」

「こんなにはっきり届いた音声、初めてだね」

「それだけどうしても届けたかったのかもしれない」

「それで、なんて言ってるの?」

「おーまーえーはー、少しは自分で解読しなさいとあれほど」

「おねえちゃんがいつも先に解読してくれるんだからいいじゃん」

「いいけど」

「いいんだ」

「解読、好きだからね」


 妹と話しながらも、私は本の記述と光が発した音を探しながら追っていた。

 地球。距離にして九十億光年ほど向こうの世界だ。ここには人間という種族が栄えている場所だと表記されている。青く美しい星、この星ととても似ていた。そうだ、思い出した、以前、よく届く言語だったから二人でこの星を眺めた事があった。


「妹ー、もしかしたら文献に載っている地球は、もう消滅してしまったのかも」

「えっ、地球ってあの時に見た星?」

「うん。どうやら大変な事が起こったみたいだね。さっきの電波はあの星から届いた最後の光みたい」

「それは報告しなきゃだね、お姉ちゃんっ」

「報告はまかせたよ妹」

「うえーん」

「私が解読、妹が報告、ナイスコンビネーションでしょ」

「物は言い様」

「悔しければ解読出来るようになりなさいな」

「いいもん」

「いいんだ」

「報告好きだからね」

「私の真似か」


 あの時私たちが見ていた光は九十億年前の光。

 九十億年前、人間という種族は地球と共に消滅していたのだ。


 ここは星の観測所。星が生まれて消えるまで、私たちは見守っている。電波という音を拾い集めながら、今日も私たちは星を探している。

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