天使の通り道
「あれ?もう天国いくの?」
呼ばれて振り返ると数年前に亡くなった懐かしい顔があった。あの時は送り出した側だったのに、いつの間にか追いついてしまったようだ。
何でここにいるのかと問えば、
「あたしはここでみんなをみてたんだ」
だそうだ。空の上とも呼べる場所から遙か地上は小さく見える。ここからじゃみんなもなにも見えないんじゃないか?相変わらず、思考がよくわからないやつだなあと思った。
「しかし災難だったね、まさか子供を助けて死んじゃうとは」
からからと笑う彼女。こんな場所だがちゃんと見えてはいるらしい。
「ああ、そうだったっけ、私が死んだ理由って」
「そ。君は死んで、そんで子供も助からなかったって」
うすぼんやりとした死の直前の記憶、思い出せることは少なかったが、抱き抱えたあの子供の姿を思い出すことができた。
「そ、っか」
記憶がはっきりしていなくても、どちらも助からなかったなら自分のしたことは無意味だったんだと気持ちが陰る。落ち込んだ声音にあらわれてしまったからか、彼女はとても素敵なことだといわんばかりに明るく私へと語りかけた。
「でも、両親が子供の最後を看取ることができたんだよ。君が先に轢かれて、子供がつぶれなかったから。病院にいったときにはまだ息があって、息を引き取る前に家族が到着したんだ。君がいなかったら、死に目にも会えなかっただろうね」
自分の死の惨状をきくのはあまり心地いいものではなかったけれど、音楽にも似た聴き心地で言葉は続く。
「それだけで君は天国行き。その行動は尊い、なかなかできることじゃない、きっと君の行動も無意味じゃない。すべて失われたから無意味になるのか?ううん、違う。それはここを君が通っていくことで証明されてる、あたしにはわかる」
やはり相変わらずよくわからない事を言い出す彼女、揚々と語るのは私を励ましてくれているのだろうか。
「もう天国に行ける君は、きっとそういうことだよ」
生前のままの笑顔を浮かべる彼女。
「だから死んじゃったんだね君は」
「どういうこと?」
「神様に気に入られた人ははやくに呼ばれちゃうんだ」
天国に。
そう彼女の唇が動いた瞬間、私の腕は天へと引っ張られる。しかし引っ張られている手の先には誰もいない、それでも何かに引っ張られている。
「なに、これっ」
「大丈夫ー!神様のお迎えだよー!」
振り返ると、もう豆粒ほどの大きさになった彼女が声を張り上げている。なんでこれだけの距離があるのに声が聞こえるんだろうか。現状も把握できない私には、ただ狼狽えることしかできない。
「元気でねー!」
彼女の声がどんどん遠くなる。
そしてわたしは────────
「天国行き一名様ご案内、か」
神様のお迎えがきたあの子はきっと天国にいけたんだろうな。懐かしい顔に久し振りに出会ってしゃべりすぎちゃった。
「あたしも天国に行けるはずだったんだけどなあ」
ぼやいてみる。誰にも届かない。しっている。
ここは天国行きの一方通行、なのに手違いだとかなんだとかで送り返されたあたしの魂は、もちろん行き場を失った。一方通行の道に、とりのこされたあたし、前にも進めず、後ろにも戻れず、ただここに存在している。
あたしは天国へ行くためにいろんな方法に手を出した。古今東西あらゆる魔術のたぐいも、科学のたぐいも、迷信もすべて試した。天国に行きたいという一つの理由のために。あたしは自分が天国に行けないことを知っていたから、意地でも天国に行こうと思った。その甲斐あって早くに神様に呼ばれて死ぬことができて、この道まではこれたのに、そんな天国の目の前で、自ら呼んだにも関わらずあたしに神様が下した判決は
地獄行き。
「あー…久しぶりにおもいだしちゃったなあ。誰かさんが天国になんて行っちゃうから」
彼女の足下に広がるのは、天国に行った彼女がみた空の上から見た地球ではない。
一方通行の通り道。天へと上った彼女にはみえなかった、黒と赤を混じり合わせた世界が広がっている。悲鳴が聞こえ、もがき苦しむ人の声が聞こえる、人はそれを、地獄と呼ぶ。
一方通行の通り道。
それは、天国へも、地獄へも、続く道。
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