不思議なチカラ

 子供の頃、ツチノコを見つけたことがある。

 空き地の背の高い草むらからポロッと飛び出してきたところを虫取り網で捕獲ほかくしたのだ。

 つい先日テレビで見たばかりの「幻の生物ツチノコ」を捕まえた僕は鼻息も荒く家まで帰った。

 このことは瞬く間に近隣へと広がり、その日の内に新聞社やテレビの取材などが相次いだ。

 ツチノコの入った飼育ケースを抱え自慢げな顔をした僕の姿は当日のうちに全国ネットで放送され、僕は一躍いちやく有名人となった。


 ――はずだった。


 だが、朝起きてみると、いつの間にかその事実が消えてなくなっていた。

 不思議なことに僕の写真の載った新聞がないどころか、ツチノコを捕まえたことすらみんな忘れ去っていたのだ。


 僕にはその原因がなんとなくわかっていた。

 きっと祖母のせいなのだ。


 祖母は不思議な人だった。


 丸まった背中、光を受けてキラキラ光る白い髪。

 皺だらけの顔。血管の浮き出た細い腕。

 柔和な笑みを浮かべ、縁側でお茶を飲んでいることが多かった量産型の祖母だった。

 

 だが、どこか超然とした雰囲気が漂っていた。

 ただものではないオーラというやつだ。


 その祖母がツチノコを見つけたその晩に僕を呼び出した。

 いつもの柔和な笑みを消し去り、真面目な顔をしているようだったが、皺が多くてよくわからなかった。


「やっぱりお前にはチカラが受け継がれてしまったんだねぇ」

「チカラ?」


 チカラという単語に僕はにわかに興奮した。

 まさか背後霊のようなものを操るチカラとかだろうか、だとすれば僕は物語の主人公だ!


 だが、僕のチカラはそんな派手なものではなかった。


「想像を現実にするチカラ?」

「そうさ、頭の中に描いたものが現実を侵食してしまうチカラだ」

「じゃあ、ツチノコは僕のチカラで作り出されたものってこと?」

「ああ、ツチノコなんて生き物はこの世にはいないからね」


 祖母はきっぱりと断言した。

 僕はなんてロマンのない人なんだろうと思った。

 だが、祖母がひょいとツチノコを取り出して見せたので仰天ぎょうてんした。


「いいかい、よく見てな」


 祖母はツチノコの頭を左手に、尻尾を右手に持ってみせた。

 そして、合掌でもするように両手を勢いよく合わせた。


「ほら、ツチノコなんていないんだよ」


 パンと乾いた音がしたかと思うと、両手の間にいたはずのツチノコはきれいさっぱり消えていた。

 どこをどう覗いてもいない。

 これは手品なんて言葉で表現できるものではない。

 幼い僕は目の間で行われたスーパーイリュージョンを受けて、簡単に納得した。


 なるほど、ツチノコなんていないんだ。あれは僕が作り出したものだ――と。


 そう思ったときに、果たして僕のチカラの創造物であったツチノコは消え去り、それに関連するすべても消え去ったわけである。


「このチカラはみだりに使うもんじゃない」と祖母は言った。

「どうして?」

「現実を好きなように変えてしまってはいかん。世界が壊れてしまう」


 祖母の言ったことを僕はなんとなく理解した。

 プログラムの一部を適当に変えてしまえば、それはきちんと作動しなくなる。

 きっとそういうことなのだ。


 だから、僕は祖母の言うとおりにできる限りチカラを使わないようにしてきた。

 だが、このチカラの不便なところは、ちょっとしたきっかけで僕の意思など関係なく発動してしまうところにある。

 少し気を抜くと、僕の頭の中にある妄想が現実に飛び出してきてしまうのだ。


 大学に入りたての頃、B級映画同好会で作ろうと言い出した特撮ヒーローものの妄想が爆発して、巨大な怪獣が出現し、危うく街が破壊されかけたことがある。

 そのときは三咲先輩の咄嗟の機転で僕のチカラで怪獣を倒すヒーロー「タマーマン」を現実に呼び出し、怪獣を見事倒したことですべてをなかったことにすることができた。


 余談ではあるが、その後完成した我らB級映画同好会作「タマーマン」は大学内で大ヒットした。

 きっとみなの心の中にあの日見た「タマーマン」の勇姿があったからだろうと思われる。


 ここまでの話でわかるとおりに、今回のビスケット騒動も僕のチカラによって起きのである。

 だから、この事態をすべて綺麗に解決することができるのは僕だけだ。

 それはわかっている。

 だが、いったいどうすればいいのか。


 ツチノコの時は祖母が目の前でチカラによって作られたものだと証明してみせてくれた。

 怪獣のときはタマーマンで倒すことによって妄想を退治することができた。


 なら、今回は?


 ビスケットなんてこの世にないと信じ込めばいいのだろうか。

 いや、ビスケットはしっかりとこの世に存在している。


 なら、ビスケットを打ち倒せばよいのか。

 食べ物をどうやって倒すと言うのだ。

 しかも、あんなにたくさんのうち、どれを倒せばいいのかもわからない。


 この世界を救うことができるのは僕だけだと知りながら、だけど僕はその方法がわからずに途方にくれていた。


 門田くんは相変わらずポケットを叩き続けている。

 ビスケットは吹き出し、さらに数を増やしている。

 はやくしないと取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 

「僕はどうすればいいんですか、三咲先輩……」

「悩んでいるようだね、少年」


 ぽつりとこぼした声に返答があった。

 僕は振り返った。

 そこには湯気をあげるカップを手に、三咲先輩が立っていた。

 いつもどおりに赤いライダースジャケットを羽織り、白いスキニージーンズの彼女が、微笑みを浮かべて立っていたのだ。


「これってやっぱり胡桃田くるみだくんのせい? 面白いことになってるじゃない」

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