ビスケットの世界で
三流大学の正門前でポケットから吹き出したビスケットは見る間にすべてをベージュ色の
バターの甘い香りを放つビスケットの川がざらざらと音を立てながら流れ、いくつも支流を作りながら、手始めとばかりに
ちょっと遅めのハロウィンパーティーでも始まったのかと、はしゃいでいたお気楽な学生たちもビスケットの波に押し流され、いまやその姿を見ることはできない。
僕はその様子をキャンパス屋上から見ていたのだが、ベージュ色の波が広がっていく光景はB級映画でも扱いきれぬほど現実感に欠けていた。
樹齢百年とも二百年とも言われる桜の木に挑みかかるように、その真隣でビスケットが絶えず空に向かい吹き出し続け、流動的なビスケットの木を作り上げていた。
その根元では派手な金髪に派手な
そうしてビスケットはさらなる増殖を続け、門田くんはいまやビスケット無限製造機と成り果てている。
たかがビスケット、されどビスケット。
無限に増殖を続ければ、それは片田舎だけの問題ではなくなる。
いつの間にか小さな街を安々と飲み込んだビスケットたちはさらに勢力を伸ばすべく、近隣の都市へと向かっていった。
地震などの震災に対して常日頃防災意識を持っている人々でも、ビスケットの波が押し寄せてきたときの対処法までは心得ておらず、為すすべもなく手をこまねいている内に、小さな島国はいつしかビスケットで埋まってしまった。
まさに破竹の勢い、飛ぶ鳥を落として落として落としまくっていたビスケットたちの進行も、しかし母なる海によって阻まれた。
片田舎に端を発した
時の内閣総理大臣である内山田和博は「日本が島国であることを幸福に思う」と発言し、これは歴史に残る言葉となった。
しかしその数週間後、内山田総理は降ろした荷物を再び肩に背負わざる負えなくなった。
なんと広大な海がすべてビスケットで埋まってしまったのだ。
子供はいつか親を超えていくものだとは言うけれど、なにも母なる海を越える必要はなかったではないか、とお偉い方々は大いに嘆いた。
海岸線から見える景色は茶一色である。
塩水をたっぷりと吸ったぐじゅぐじゅのビスケットの海がそこには広がっていた。
偉大なる海すらも飲み込み、日本の片田舎に始まったビスケット問題はとうとう諸外国へと上陸したのだ。
各国首脳から解決をせっつかれた内山田総理は自衛隊の出動を決めたが、自衛隊だってビスケットを相手取った作戦など考えたこともなく、結局は重機を使用してビスケットを一箇所に集めるくらいしか展開する作戦がなかった。
対処療法的処置は自衛隊や警察、各自治体に任せ、国は根本的解決を図るため手を打った。
日本国内といわず海外と言わず、優れた研究者たちが三流大学正門前を訪れ、あの日以来なにかに操られるように一心にポケットを叩き続けている門田くんを調べ始めたのだ。
だが、どうしたことか門田くんを強制的に止めることはできず、それはビスケットの増殖を止めることができないことを意味していた。
そうして、世界はビスケットに覆い尽くされた。
チョモランマ級のビスケットの山や、塩水を吸ったふやけたビスケットの海ができた。
世界からビスケットを排除しようと銃火器や火薬を使用し、ビスケットへ抵抗を始めた過激派も生まれれば、ビスケットと共に生きるのだと宣言する通称・ビスケッ
ビスケットがそこらにあるのだから人類は食料には困らなかったが、渇きに苦しんだ。
ビスケットはパサパサだからだ。
各国は渇き問題解決のために、塩水をたっぷりと吸ったぐじょぐじょのビスケットから真水を取り出す研究に力を注ぎ、それをいち早く完成させた国が次代のリーダーとなるだろうと目された。
世界はいまやビスケットと共にある。
ビスケットこそがこの地球上で最も
だが、こんな世界は間違っているのだ。
これは現実世界であってはならない。
いまや世界的な観光名所「
きっと元に戻してあげるから――。
この世界を元に戻すことができるのは僕だけなのだ。
すべての元凶はほかならぬ、この僕なのだから。
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