第34話 姿は変わろうとも


 「影使い」の挑発に、私の中で熱く煮えたぎったものが動いた。


「好きで影を失くしたわけじゃない。あなたたちが騙すように毟り取っていったんだ!」


 私は胸の奥に溜めこんでいた思いを吐き出すと、バッテリーを取りだした。


「そんな物にいつまで頼っていられるかな?」


 私がスイッチを入れようと指に力を入れた瞬間、足首が締めつけられる感覚があった。


 はっとして下を向くと、黒い物体が膝のあたりを這い上っているのが見えた。咄嗟に身をよじると、私の動きをあざ笑うかのように、黒い物体は一瞬で私の全身を包みこんだ。


「これは……?」


 私をすっぽりと包みこんだ黒い球体は私の身体ごとふわりと宙に浮かぶと、建物の二階ほどの高さで静止した。


「残念でしたね、もう少しで頼もしい味方を呼べたというのに」


「これは何?」


 私は大声で問いを放ったが、外に響いている気配はなかった。だが、おおよその意味を察したのか「影使い」は口元を歪めると、私に向けて語り始めた。


 不思議なことにこちらの声は漏れていないのに、外の音は聞こえるし「影使い」の姿も見えるのだった。


「それはあらゆる光と熱を遮断する「暗黒結界」です。内側から外の世界へ影響を及ぼすことはできません。……ですが」


 「影使い」がそこまで言うと、足元から伸びた黒い物体がぐにゃりと形を変え、黒い洋弓になった。


「こちらから「結界」の内部には威力が及ぶのです。面白いでしょう?」


 「影使い」はそう言うと黒い洋弓に矢をつがえ、私に狙いを定めた。同時にジャッカルが「影使い」を威嚇するように吠え、口を大きく開けた。


「これは健気なことですな。ご主人を守ろうというのですか。しかし、あなたが私を攻撃すれば、引き換えにご主人は命を失うのですよ」


 「影使い」はせせら笑うような調子で言い放った。ジャッカルが口を開けたまま動きを止めるのを見て、私は咄嗟にある行動を起こした。腰のパラソッドを外して球体の内側に押しつけると、思い切ってスイッチを入れたのだった。


「なにっ……?」


 黒い球体が一瞬でパラソッドに吸い込まれ、私は支えを失って地面に落下した。


 ――駄目だ、ぶつかる!


 そう思った瞬間、私は柔らかな感触に包まれていた。どうやら無意識にバッテリーのスイッチを入れたらしい。身体の下で私を支えているのは「暗黒結界」ではなく、紛れもない自分の「影」――シャディだった。


「くそっ、あと一歩のところで……ぐわあっ」


 身構えた「影使い」の身体を、火の玉が襲った。ジャッカルが放ったらしい。火だるまになってもがく「影使い」の足元に、どこからともなく現れた金色の液体が巻きついた。


「あれは……ナンバー98?」


 私が呆然と見つめる前で、姿を変えた人造生命が「影使い」の全身を包みこんだ。


「ご主人さまを、助けようとしているのね……」


 私は追い打ちをかけることなく静観しているジャッカルの気持ちが理解できた。


 やがて「影使い」と「ナンバー98」は翼の生えた金色の獣に形を変えると、ふわりと地上から浮きあがった。


「……陽向よ」


 宙に浮いた獣の口から出た声に、私ははっとした。


「お父さん?」


「この生命はすでに帰巣本能以外の意志を失っている。私はお前に一言、告げるためにこの生き物の口を借りに来た」


「どういうこと?私に言いたいことって……それにお父さん、死んだんじゃなかったの?」


「説明するのは難しい。……私は今、生と死の狭間の状態にあるのだ。陽向よ、お前がこうなったのも全て、私のせいだ。だが、お前には過酷な運命を乗り越える力がある。お前に取って「影」を取り戻すことは「本来の自分」を取り戻すことでもあるのだ」


「本来の自分……」


「今のお前は完全な人間ではない。「影」がお前に「光」を与え、お前が「影」に光を与えるのだ。99のパーツはすべて、お前の一部でもある。本物の「影」を取り戻せ、陽向」


 父の言葉が途切れると、獣は口を閉じて強く羽ばたいた。やがて目で追うことが困難な高さにまで舞いあがると、どこか私たちの知らない空へと飛び去っていった。


「お父さん……」


 私は気が付くと瓦礫の前で立ち尽くし、自分でも理由のわからない涙を流していた。


 すべてが夢でなかった証拠に、私の傍には盛り上がった黒い物体があり、そこへゆっくりと戻ってゆく獣の姿も見えていた。


「陽向ちゃん……」


 ふらつきながら近づいてきた円の胸に、私はふと倒れ掛かってしまいそうになった。


「大丈夫です。……帰りましょう」


 私はシャディが吸いこまれた足元に目線を落とすと、バッテリーを強く握りしめた。


 ――これが私の宿命。本物の「影」を取り戻さない限り、私の戦いは終わらないのだ。


 獣の去った遠い空を見つめながら、私はまた、新たな旅が始まることを予感していた。


              〈第三十五回に続く〉

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