第33話 兄弟よ瓦礫に眠れ


「ジャッカル……じゃないわ!これはいったい、どういうこと?」


 私は混乱し、二体の同じ姿をした獣を交互に見やった。もう一体の金色の獣は低く唸ると「久しぶりだな、兄弟」と言った。


「できればこんな形で再会したくはなかった、ナンバー98」


「使命に逆らって同胞を抹殺したようだが、同じ細胞から生まれた「分身」も殺すことができるのかな」


 私は頭を殴られたような衝撃を受けた。同じ細胞……分身ですって?


「我々は互いのバックアップであると同時に、二体そろって初めて「人類抹殺兵器」とそての力を発揮できる。二体一組の存在なのだ」


「ナンバー98。残念だが私にとってそれはもう過去の話だ。私とお前は別々の目的の元に生きている、遠い存在なのだ」


「では本来の形にはどうあっても戻らないというのだな。……となれば、同じ存在は二つは要らぬ。どちらかが消滅の運命をたどることになるが、よいか」


「それが私とお前の宿命なら、いたしかたない」


「戦うか、ナンバー99。……では死ぬがいい、兄弟!」


 ナンバー98が言い終わらないうちに、ジャッカルが跳んだ。するとその動きを呼んでいたかのように、もう一体がジャッカルに向けて炎の球を吐いた。


 ジャッカルは炎を避けず、火だるまになりながら相手に襲いかかった。二体の獣がもつれあった瞬間、青白い火花と共にバチバチという音が空気を切り裂いた。


 やがてバチンという破裂音がして、獣たちは左右に飛び退った。


「優しい攻撃だな。わずかの間に戦いを忘れたか?ナンバー99」


 あたりに焦げ臭い匂いが漂い、二体の獣の体毛からは煙が立ち上っていた。


「それは違う。使命だけで兄弟を倒すことはできない。私が同胞を葬ることができたのは、悲しみを知ったからだ」


「なんだと?」


 ジャッカルの足元に突然、黒い影が現れたかと思うと、津波のように盛り上がった。


「ゆくぞ、兄弟!」


 太陽を背にしたジャッカルの身体が一瞬、ハレーションを起こしたように輝いたかと思うと次の瞬間、流星のような速度で己の分身に襲いかかった。


「がああっ」


 どちらのものともつかない咆哮がこだまし、輝く弾丸のような二体の獣はそのまま崩れかけの「離れ」へと突っ込んでいった。どーんという衝撃音が空気を震わせ、土埃が舞い上がったかと思うと、辛うじて建物の体裁を保っていた「離れ」が一瞬で瓦礫と化した。


「ああ……」


 私は「離れ」と共に祖父の研究室もこの世から消滅したことを確信した。瓦礫の周囲で小さな火の手と黒煙が上がっているのが見え、獣たちが無事ではない事を予感させた。


 やがて、瓦礫の中から一つの影が姿を現し、こちらに向かって歩み始めるのが見えた。


「あれは……」


 私はその姿を認めたとたん、涙がこみ上げてくるのを意識した。


 ――ジャッカルじゃない!ナンバー98だわ!


 私は獣の胸元に視線を向けたまま、そう思った。かつてジャッカルの手当てをした時、胸元にわずかだが茶色の毛が混じっていたことを思い出したのだ。


「……ジャッカル」


 獣はよろよろと進むと、瓦礫の山を下り切ったところで突然、がくりと地面に崩れた。


 どうしたのだろう、そう思っていると獣の身体のあちこちから煙が立ち上り、やがて全身が泥のように溶け崩れ始めた。


「……どうしたの?」


 すっかり形を失い、骨格を露わにした獣を前に困惑していると、瓦礫の中から何かが姿を現した。血と埃にまみれて立っているその姿は、まぎれもなく「ジャッカル」だった。


「……ジャッカル!」


 私は駆け出し、満身創痍の獣に抱きついた。自分の分身を失った戦士は低く唸ると、その場に横たわった。


「ごめんなさい、私のために……」


 泣きじゃくる私にジャッカルは「誰のためでもない、これは私自身の宿命だ」と呟いた。


 もう耐えられない、どこか遠くに逃げてしまいたい――ジャッカルの丸太のような首にしがみつきながらそう思った、その時だった。


「やれやれ、これほど大きな犠牲が出るとは予想外でしたな」


 聞き覚えのある声に振り返ると仮面の男――「影使い」が立っていた。


「不本意ですが代償としてあなたにはここで死んで頂きます――「影無し」のお嬢さん」


             〈第三十四回に続く〉

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