第28話 聞こえていますか
病室のドアを開けた時、真っ先に目に飛び込んできたのは荷物を手に看護師と談笑している叔母の姿だった。
「あら、陽向ちゃん。お祖父ちゃんとお話しに来たの?」
叔母の琴美は私に気づくと「孫の陽向です」と傍らの看護師に紹介した。
「どうですか、お祖父ちゃんの具合は」
「うん、健康には問題ないみたい。お医者様はいつ意識が戻ってもおかしくないって言うんだけど……陽向ちゃんに会ったらいい刺激になると思うから、話しかけてあげて」
琴美はそう言うと、看護師と共に病室を出ていった。
私は鼻にチューブを挿しこまれ、昏々と眠り続ける祖父のベッドに近づくと顔を覗きこんだ。
「お祖父ちゃん、今日は直接、話しに来たよ」
私はあえて祖父にそう語りかけた。もし、私の部屋のラジオから語りかけてくるのが祖父の意識だとしても、こうして顔を見て話すのは別の意味がある気がした。
「あれからずいぶん色んなことがあって、お祖父ちゃんが言っていた「味方」になってくれる人たちがたくさんいたんだ。だけど……」
そこで私は言葉を切り、自分の足元を見つめた。本当は辛い戦いの中で感じた嬉しさ、心強さのことを先に語りたかった。だが、いったん口を開けば悔しい思いばかりが出てきそうな気がした。
「敵が私とジャッカルを狙ってくる限り、私の「味方」になってくれる人たちは必ず戦いに巻きこまれるってわかったの。お祖父ちゃんは「味方」を探せって書き残したけど、その先のことは書いてなかったわ。……ねえ、これから私はどうすればいい?このまま周りの人たちを巻きこんでいくしかないの?」
終わりの方は祖父に対する問いかけになっていた。ジャッカルや「シャディ」でさえ、私のために傷ついている。それでも私はあと、九十幾つかの辛い戦いに耐えねばならないのだろうか。
私は動くことのない祖父の瞼を見つめ、意識の奥にある思いを読み取ろうとした。だが、自分の意志で感情を現せない祖父の顔からは、何一つ読み取ることはできなかった。
「お祖父ちゃん、ラジオでもなんでもいいからまた、連絡して。このままだと私、戦うことを何とも思わなくなってしまう気がする」
私はそう語りかけると、祖父のベッドをそっと離れた。病院を訪れた理由は、ある迷いが日増しに強くなっていたからだった。
たとえ一人ぼっちになっても、できれば、誰にも迷惑をかけたくない。私は「味方」の人たちから距離を置いた方がいいのではないか。
――誰でもいい、何でもいいから、背中を押して。
私はそう胸のうちで呟きつつ、病室を出た。階段を降りて一階のロビーに出ると、昼過ぎの半端な時間のせいか、人影はまばらだった。
携帯を取りだし、バス時刻を見ようとしたその瞬間、私の目に自動ドアから中に入ってくる人影が飛び込んできた。それは私にとって、意外な人物でもあった。
――お母さん?
入り口に立っていたのは、昔から祖父とはほとんど顔を合わせる事のなかった母だった。
〈第二十九回に続く〉
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