第27話 獣よさだめに哭け
それは現実にはあり得ない、遠目にはCGと見紛うような光景だった。講堂の屋根の上に二体の異形の獣がおり、互いに威嚇し合うように睨み合っているのだ。
先に動いたのは敵の獣だった。猛禽類に似た後ろ脚で屋根を蹴ったかと思うと、羽ばたきの音が空気を震わせた。前方の集中していたジャッカルは不意を衝かれ、背中を鋭い爪で鷲掴みにされていた。
「――ジャッカル!」
金色の身体が屋根を転げ落ち、咆哮が長く尾を引いた。空中に投げ出される直前、前足の爪で軒にぶらさがったジャッカルの顔面に、敵の嘴が狙いを定めて襲いかかった。
――やられる!
私がそう思った瞬間、ジャッカルの口から青白い光の球が敵の顔面めがけて放たれた。
「ぐえっ」
光の球の直撃を食らった敵は背中から屋根に激突し、宙に浮いた。ジャッカルは放りだされた敵の身体に猫のように飛びつくと、そのまま前脚の爪で地上に押しつけた。
――勝ったか?
私がそう思いかけた、その時だった。敵の尻尾が首をもたげるような動きを見せたかと思うと、ジャッカルの背を這い上った。尾はジャッカルの首に巻き付くと、先端が口のように割れ、牙が現れた。
「……がっ!」
敵に馬乗りになっていたジャッカルを尻尾が力で引き倒し、同時に敵がジャッカルの身体を押し上げた。形勢が百八十度入れ替わり、今度は敵がジャッカルに馬乗りになった。
「どうだ、ナンバー99。その目をえぐり取ってやろうか」
敵の嘴が、もがいているジャッカルの鼻先に押し当てられた。
「……お前は見ていないだろうが、私は兄弟たちと戦い、葬ってきた」
「なんだと?」
「お前よりも私の方が非情なのだ、ナンバー37」
そう言い放つとジャッカルは、鎌首をもたげている尻尾の先端に噛みついた。次の瞬間、ブウンという音と共に敵の体毛が逆立ち、激しい痙攣が全身を襲った。次の瞬間、敵の身体が力を失ってその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「悪いがお前を主人の元に帰すわけにはいかない」
ジャッカルは唸りの混じった声で言い放つと、大きく口を開けた。たがてジャッカルの口から吐き出された火球が敵の身体を舐め、全身が一気に燃え上がった。
「ジャッカル……」
「気にするな。私と兄弟たちとはこうなる宿命なのだ」
敵の身体はあっと言う間に黒い塊となり、風に吹きあげられて跡形もなく消え去った。
「影使いは逃げたのね。……まさかお母さんに化けるなんて」
私が唇を噛んで俯くと、足元の影が大きく膨らんだ。傷ついたジャッカルを誘っているのだ。ジャッカルがシャディの中に身体を収めると、影は再び私の足元に吸い込まれた。
「蔭山……」
ふいに名を呼ばれ、振り向くと青ざめた顔の鉄雄が若葉と共に立っていた。
「先生、若葉……」
「いったい、何が起きたんだ?」
私は咄嗟に答えることができず、「よくわかりません」と頭を振った。やがて講堂の方からも弦と姫香がふらつきながら出てくるのが見えた。激しい戦いを繰り広げた獣たちはもう、いない。私が呼びよせた災いたちは。
若葉の背をさすりながら、私は「この人たちは私の戦いに巻きこまれたのだ」と思った。
〈第二十八回に続く〉
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