第26話 時計塔と人面の獣


 講堂に飛び込んだ私は、一心不乱に時計塔の入り口を目指した。二階の廊下にそれらしい扉を身着けた時、私は立ち止まって呼吸を整えた。


 この奥に敵がいるとすれば、私は若葉を守って戦わねばならない。私はバッテリーを握りしめると、慎重に足を踏みいれた。


 塔の内部はひんやりとしていて、コンクリートのそっけない階段が上へと伸びていた。


 ――まずはあの「窓」のところまで登らなければ。


 足を休めることなく上り続けると、やがて上の方の段が明るく光っているのが見え始めた。外からの光――窓がある?私が早足で次の踊り場に駆けあがると、そこに思いもよらない人物がいた。

 

 ――先生?


 日だまりの中でこちらに背を向け、窓の外を見ていたのは、姫香だった。私が声をかけようと足を踏みだした瞬間、姫香の身体が支えを失ったかのように崩れ、床に倒れた。


「先生、大丈夫ですか?」


 思わず叫んだ、その時だった。窓から黒い帯状の物体が現れ、私に襲いかかった。


「……うぐっ」


 黒い物体は私の上半身に絡みつくと、凄まじい力で私の身体を窓の外に引きずりだした。


 宙吊りになった私は首に巻き付いている物体に指をかけ、必死でもがいた。だが黒い物体はひるむ様子を見せず、私の身体を塔の上の方に引きあげていった。


 ――こいつが荒草先生と椿原先生にとりついていたのか……「影使い」はどこ?


 もがきながら上を向いた私の目に、無表情な性別不明の顔が見えた。どうやら時計の文字盤に据えられた扉から顔を覗かせているらしい。やがて私と目が合うと、人物の顔が歪み、鉄雄の顔になった。


「……先生?」


 人物の顔は変形を続け、次に姫香の顔になった。私はバッテリーを手にすると、腕を真上に伸ばした。すると、人物の顔は驚くべき物に変化した。


 ――お母さん!


 私は思わずバッテリーのスイッチを入れた。レーザービームが人物の顔を直撃し、母の顔は再び性別不明の姿に戻った。


「ぎいっ」


 私の耳が気味の悪い悲鳴を捕えた次の瞬間、身体を拘束していた力が緩んだ。


「……あっ」


 私は落下しながら無意識に「シャディ!」と叫んでいた。やがて地面が顔の前に迫った瞬間、世界が柔らかな感触に包みこまれた。地面と近づくことで影が生まれ、私はクッションの形に変化したシャディに助けられたのだ。


「ありがとうシャディ。助かったわ」


 私がそう言ってあらためて上を見た、その時だった。文字盤の扉から、少女の上半身が意識を失ったような状態でずるりとはみ出すのが見えた。


「――若葉!」


 良く見ると若葉の身体は上着の一部を奇怪な生き物に咥えられ、持ち上げられているのだった。


「あれは!」


 扉から顔を覗かせたのは人の顔に猛禽類のような巨大な口橋をつけた怪物だった。


「おとなしく「ナンバー99」の身柄を渡せ、「影狩り」の女」


 怪物は若葉の身体をぶら下げたまま、くぐもった声で言った。


「その前に若葉をここへ連れて来なさい!」


 私が思わず叫んだ瞬間、シャディの一部が凄まじい速度で上に向かって伸び始めた。


「シャディ、駄目よ!」


 私が叫ぶのと同時に、シャディの細長く伸びた先がつぼみのように膨らみ、中からジャッカルが姿を現した。


「があっ?」


 怪物が口を開けた瞬間、ジャッカルが襲いかかり、放りだされた若葉の身体をシャディの花のように開いた先端が器用に受け止めた。


「……若葉!」


 シャディの内部に抱きとめられた若葉は、するすると私のいる高さまで降りてくると、そっと地上に降ろされた。


 一方、ジャッカルに噛みつかれ、塔から引きずり出された怪物は突如、黒い翼を広げるとジャッカルを宙吊りにした。だが、ジャッカルが喉笛に食らいつくと悲鳴を上げ、次の瞬間、もつれあう二つの影は講堂の屋根に向かって墜落を始めた。


「――ジャッカル!」


 一つになったまま屋根の上に激突した二つの影は斜面の上で互いを引き離し、距離を取った。若葉の身体を抱き起こしながら、私は屋根の上で対峙する二体の獣を見つめた。


              〈第二十七回に続く〉

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