第23話 閃光とともに消ゆ


 私たちの目の前にいたのは、見たこともない笑みを浮かべた尚紀少年だった。


「尚紀君……あなた、「影使い」だったのね」


「そうさ。もう少しでナンバー99を仕留められると思ったのに、甘かったよ。まさか47が返り打ちに遭うとはね。……でもまだこいつがいる」


 尚紀はそう言うと、建物の壁を見やった。つられて視線を向けると、壁面のダクトから黒い帯状の物体が尚紀の足元まで続いているのが見えた。


「あなたにも「人工の影」がついてるってわけね。……でもそれは元々私の「影」だった物。悪いけど、取り戻させてもらうわ」


 私はそう言うと、バッテリーを握りしめた。同時に尚紀の「人工の影」がするりと縮み、尚紀の足元で立ちあがって人の姿になった。その柔らかなシルエットは尚紀の「母」の物だった。


「そうなの……お母さんが「影」で、あなたが「影使い」だったってわけね」


 私はバッテリーのリングを回すと、尚紀の「影」に向けた。バッテリーの先端から伸びた一条の細い光が「影」を切り裂き、その間からわずかに人の姿が覗いた。


「くっ、ふざけた真似をっ」


 ――あれが「ヴィジョン」ね。でもどこが中心かわからないわ。


 私はやみくもにバッテリーを振り回し、「影」を切り刻んだ。「ヴィジョン」が見えない部分は刻んでもまた元に戻るため、なかなか動きを封じるまでにはいたらなかった。


 切っては戻りを繰り返すうち、私は疲労を覚え始めた。そして気が緩んだ瞬間、私の足を黒いゴムのような敵の「影」が捉えていた。


 両脚を強く引かれて転倒した私を、「影」の一方が尖った槍となって上空から襲った。


 ――しまった!


 思わず顔を背けた瞬間、がつんという激突音がして「影」の動きが止まった。見るとシャディがアーチ形の盾になって「影」の攻撃を受け止めていた。


「ありがとう、シャディ!……今度はこっちの番よ!」


 私は腰に着けていた「パラソッド」を手にすると、バッテリーに接続した。パラソッドの先端を敵の「人工の影」に向け、手元のボタンを押すと傘状の拡散パラボラが開いた。


「……デイフューズ!」


 私が左手でロッドの柄を回すと、細い光の糸がシャワーのように敵に向けて放たれた。


「ああああっ」


 光の糸に切り裂かれ、無数の黒い繊維となった「影」が苦しげにねじれ、のたうった。


 やがて何かが蒸発するようなじゅっという音が聞こえ、尚紀が尻餅をつく音が聞こえた。


「……「影」は?」


 パラソッドを閉じながら私が敵の方をうかがうと、倒れている尚紀の足元に、巨大な水滴を思わせる黒い盛り上がりが見えた。あれが「パーツ」か。私は黒い水滴に歩み寄ると、パラソッドからバッテリーを外して先端を水滴の表面に押し当てた。


 ず、ずっという音と共に黒い物体がパラソッドに吸い込まれ、やがて跡形もなくその場から消え失せた。私がパラソッドを腰に戻すと、こちらを見ている尚紀と目が合った。


「おのれ……」


 怯えたような尚紀の顔からは生気が失われ、干上がった地表のようにひび割れていた。


「影を奪われた身でありながら、運命に逆らって影を取り戻そうとするとは……」


「ごめんなさい。私にはそれしか思いつかないの」


 私が気持ちを奮い立たせながら言うと、尚紀は再び無防備な少年の顔になった。


「僕は……一体何のために作られたんだろう……」


 尚紀はしわがれた声で振り絞るように言うと、がくりとその場に崩れた。するとその身体を、一陣の風がまるで灰を吹き払うようにどこかへ根こそぎ運び去っていった。


「ねえジャッカル、私はあと何回くらい空しい戦いをしたら、元のような「影」のある人間に戻れるんだろう」


 ふいに涙が頬を伝い、顎からしたたり落ちた。ジャッカルはひとこと「うおん」と吠えると、アーチ形に盛り上がったシャディの中に姿を消した。私はバッテリーをポケットに戻すと山根の方を振り返り「行きましょう」と言った。


「影使い」の尚紀も、「終末獣」ナンバー47も、私やジャッカルを「狩る」ためだけに遣わされたのに違いない。ではいったい彼らは何のために、この世に産み出されたのだろう。


 ――自然の生命だろうと、人の造ったものだろうと、生命に変わりはないのに……なぜ?


 建物からメカバトルの表彰式を伝えるアナウンスが流れ、私は戦いの場に背を向けた。


              〈第二十四回に続く〉

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