第22話 寄る辺なき獣たち
おかしいな、と私は思った。
身体がゆれている。まるで振り子のようだ。
そこまで思った直後、意識が戻った。目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、少し離れた場所にある街路樹の梢と街路灯の電球だった。
やっぱりおかしい。目の高さにあんなものが見えるなんて。
私は下を見て、思わず悲鳴を上げそうになった。地面が遥か下に見え、私のつま先は空中に浮いていた。つまり私は五メートルほどの高さに宙吊りになっていたのだ。
さらに頭を動かして周囲を探ると、どうやら私が吊り下げられているのはメカバトルの会場であるホールの壁面らしかった。私は自分の胴体に黒い帯状のものが巻き付いていることに気づき、思わず手を伸ばした。
黒い物体はまるで固いゴムのように胴体を拘束し、その一端は細い紐状になって上へと伸びていた。
――これは「人工の影」だわ!
どうやら何者かが悪意をもって自分を吊り下げたらしい。私はその場で脚をばたつかせ、戒めから逃れようともがいた。
「ふふ、いい格好だ」
足元の植え込みから何かが姿を現し、私ははっと息を呑んだ。それは牛に似た三つの頭部をもつ生き物――ナンバー47だった。
「あなた……性懲りもなく、また私を狙ってきたのね」
「当分やってこないと思っていたか?ナンバー99の居場所をつきとめるまで、逃がしはしない。……言え、ナンバー99はどこにいる?」
私はポケットを弄った。指先が円筒型の物体を探りあて、私は慎重に取りだそうとした。ポケットから出た円筒をあらためて握ろうとした瞬間、ふいに手の中から感触が消えた。
「――バッテリーが!」
落下したバッテリーは地上で一度、跳ねると怪物の足元に転がった。
「……ふん、こいつがお前の「武器」か?」
怪物はそう言うと真ん中の口でバッテリーを咥え、そのまま勢いをつけて上に放った。バッテリーは回転しながら放物線を描き、少し離れた芝生に吸い込まれた。
「なんてことを……」
なけなしの希望をあっさり打ち砕かれ、私の頭は絶望でいっぱいになった。
「助けは来なかったようだな、小娘。その頑固な口をこじ開けさせてもらうぞ。覚悟しろ」
大きく開けられた怪物の口の中に、禍々しい光がきらめくのが見えた。私は怪物から目をそらすと茂みの奥を見つめた。あの中にある小さな筒に、私は運命を託すしかないのだ。
――お願い、どんな小さな光でもいい、私に「影」を作って。
私は頭上の「黒い帯」を両手で掴むと、渾身の力で体を引き上げた。その瞬間、私のつま先を強烈な熱が掠め、喉から叫びが迸った。同時に身体を支えていた力が急に失われ、私は地面に向かって落下した。
――死ぬ!
私が声にならない叫びを上げた瞬間、私の身体は弾力のある物体に受け止められていた。
――何?
奇妙な感触に戸惑いつつ目を開けると、地面と身体の間に巨大なクッションを思わせる黒い物体が出現しているのが見えた。一体、何が起きたんだろう。そう思って目線を遠くに向けると、怪物の後方で誰かがこちらに光る物を向けているのが見えた。
――山根さん!
バッテリーを手にこちらを向いて立っていたのは、山根だった。
――ということは、この物体は「シャディ」ね?
次の瞬間、私ははっとして頭上を見上げた。先ほどまで身体を拘束していた「黒い帯」が、壁から出ている排気ダクトに吸い込まれてゆくのが見えた。
「――蔭山さん、逃げてください。……さあ化け物、こっちだ。来いっ」
「山根さん、駄目っ!バッテリーを私に投げて、安全な場所に逃げて」
「でもそれじゃ……」
「大丈夫「シャディ」が守ってくれるわ。早く!」
私が重ねて請うと、山根は意を決したらしく、頷いてバッテリーを放った。
私は手を伸ばしてバッテリーを受け取ると、光の先を足元から怪物の背に移動させた。
「お願い、シャディ!」
私が叫ぶと足元の黒い物体が前に伸び、先端が二つに分かれて怪物の後ろ足を捕えた。
「……ぐあっ?」
動きを封じられた怪物は唸り声を上げてもがき、爪の先が逃げるのをためらっていた山根の顔を掠めた。
「わあっ」
恐怖で力が抜けたのか山根がその場に尻餅をつき、そこに怪物が飛びかかろうとした。
「ジャッカル、来て!」
私がシャディに呼びかけると黒い帯の真ん中が膨らみ、やがてその中心から一体の獣が飛びだした。
「があっ」
シャディから現れた獣――ジャッカルは怪物の背中に飛び乗ると前脚で敵を組み敷き、怪物の首に噛みついた。
「ナンバー47よ。すまぬ!」
叫びとともにジャッカルの全身が金色に輝き、青白い火花が散り始めた。やがて、怪物の身体が激しく痙攣したかと思うと、ぐったりと動かなくなった。
「……ジャッカル?」
動かなくなった怪物からゆっくりと離れたジャッカルは、心なしか項垂れているように見えた。
ジャッカルはゆっくりと口を開くと、怪物の骸に向けて炎を吐き始めた。炎の中で怪物の身体は溶けてゆき、外皮の下から人とも獣ともつかぬ骨格が現れた。やがて骨を含めたすべてが跡形もなく消えたのを確かめると、ジャッカルは炎を吐くのをやめた。
「……できれば見せたくはなかった。我々がどのように朽ちてゆくかを」
ジャッカルは悲し気に言うと、シャディの方に引き返し始めた。
「ごめんなさい、私のために兄弟を殺させてしまって」
私が詫びると、ジャッカルは「ごうっ」と短く吠えて影の中に消えた。
「……大丈夫ですか、蔭山さん」
青ざめた顔の山根が、ゆっくりと近づいてきて言った。私は頷くと「これからはこうやって、みんなを犠牲にしていくんだわ」と誰に言うともなく呟いた。
「何を言うんですか、自分の身を守るのは当たり前のことです」
山根が強い口調で言った、その時だった。ふいに私たちの前に、小さな人影が現れた。
「……まさかナンバー47が倒されるとは。どうやらあなた方を甘く見ていたようですね」
〈第二十三回に続く〉
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