第21話 小さき者達の激闘


 全長三十センチほどの物体が、私の頭くらいの高さを円を描いて飛行していた。

 物体からはアームが四方につき出していて、その先では小さなプロペラが回っていた。


「勝てるかなあ、ゲンボット。ドローンタイプと戦うのは初めてらしいし、心配だな」


 尚紀は頬を紅潮させながら、畳半畳ほどのリングを見つめた。リング上では今、タイプのことなるメカ同士が真剣勝負を繰り広げているのだった。


「まあ、空中にいる限りはドローンタイプに分があるだろうけど、勝負を決めるためには一度、リングに降りなくちゃならない。その時が勝負だろう」


 山根が尚紀に負けじと身を乗り出しながら言った。私は一見、落ちついた大人の男性に見える山根も趣味に没頭し始めたとたん、尚紀と同じレベルになることに苦笑した。


「あっ、ゲンボットが甲羅からキャノン砲を出した。狙い撃ちする気だな」


 尚紀がそう叫ぶと、リングの上で這うように移動していたロボットの背から、大砲のような物がせりあがった。狙われたことを察したのか、ドローン型のメカは亀型ロボットの真上から位置をずらし始めた。

 次の瞬間、亀型ロボットの砲台から、直径一センチほどのプラスチックの弾が飛び出し、ドローンを攻撃し始めた。


「うーん、あんな攻撃で落とせるかなあ」


 尚紀が司令官のような口調でいった。尚紀が応援しているのは亀型ロボットなのだった。


「落とすというより、地表に引きずり下ろしたいんだろうね。……ほら、ダメージはともかくバランスが崩れ始めてる」


 山根が冷静な口調で言った。激しいメカバトルに目を戻すと、プラスチックボールの直撃を受けたドローンが、左右に傾ぎながら安定を保とうとしている様子がうかがえた。


「あ、降りてきた。……ようし、ここからが本当の勝負だ」


 尚紀の言葉通り、ドローンが高度を下げ始めるのに合わせて亀ロボットは砲撃を止めた。


「さすがにリングじゃドローンタイプは不利だろう」


 リング上で唸りを上げながら人間タイプに変形し始めたドローンを見て、山根が言った。


「ゲンボットも本気を出し始めたようだよ」


 尚紀が興奮した口調で、むっくりと起き上がった亀ロボットを指さした。

 リング上は、背中に回転翼を背負ったメカと甲羅を背負ったメカとの一基うちになった。


 先に動いたのは、亀ロボットの方だった。やや動きの鈍いドローンメカに対し、亀ロボットは意外なほどの機敏さで詰め寄ると、首を長くつき出して頭部で相手を威嚇した。


 ドローンメカは身体の向きを変えて亀ロボットの噛みつき攻撃を交わすのが精いっぱいのようで、山根が言うように地上では亀ロボットが優勢に見えた。


「よし、追い詰めろッ」


 尚紀の言葉に背を押されたように亀ロボットは突如、地面に伏せると身体を回転させて敵メカに突進を開始した。足元を救われ、ドローンメカが派手に倒れた、その直後だった。


 ドローンメカの背中のプロペラが回転を始めたかと思うと、両脇から飛びだしたアームが亀ロボットの甲羅をとらえた。次の瞬間、振りほどこうともがく亀ロボットを、ドローンメカはやすやすと空中に吊り下げていた。


「ああっ、やられたっ」


 尚紀が叫ぶのとほぼ同時に、アームから解き放たれた亀ロボットが地上に激突した。


「まさか、あのくらいで壊れるとも思えないが……」


 観客が、固唾を呑んで次の動きを見守っていた、その時だった。ふいに尚紀が「あれっ」と何かに気づいたかのような声を上げた。


「どうかしたのかい、尚紀君」


「今、廊下をお母さんみたいな人が通った」


「本当?」


 私たちはつられるように会場の出入り口を見た。廊下からこちらを覗いているらしい顔がいくつかあったが、尚紀の母親らしい人物は見当たらなかった。


「気のせいじゃないのかい」


 山根が至極もっともな疑問を口にした。来ているのならば、なにも遠巻きに様子をうかがう必要もない。許可を出したのは他でもない、尚紀の母親自身なのだから。


「ちょっと行ってみましょう。もしかしてってこともあるし」


 私がそう言うと、山根は「じゃあ、僕と尚紀君はここで待ってるよ」と応じた。


 私はリングに背を向けると、人波を掻き分けるようにして廊下に出た。今日の催しはこれだけなのか、廊下に人の気配はなかった。これなら、うろうろしていればすぐ目につくはずだ、そう思った時だった。

 ふと足元を見た私は、壁際の床から染み出すように現れた黒い物体を見て、思わず後ずさっていた。


 ――これは「影」?


 もちろん、私の影ではない。影を産みだす「バッテリー」はポケットの中だからだ。


 無人の廊下で壁から影が染み出して来る、そんなことがあるだろうか。私が警戒心を強めた、その時だった。「影」が一気に膨らんだかと思うと、私の身体を包みこむように薄く広がった。


 ――いけない!この「影」は私を――


 その場で向きを変え、逃げだそうとする私を「影」はすっぽりと包みこみ、次の瞬間、私の視界は完全な闇に塗りつぶされていた。


             〈第二十二回に続く〉

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