第19話 獣よ、故郷を去れ
「――ジャッカル!」
私が名を叫ぶと一瞬、ジャッカルの
「……身を隠せ、陽向」
ジャッカルが背を向けたまま、低く呟いた。私は後ずさりながら、息を詰めて二体の「終末獣」の戦いを見守った。
「私を倒せば元の群体には戻れぬぞ、ナンバー99。いいのか」
「それが運命ならな。……だが私はお前と戦いたいわけではない。お前が見逃してくれればこちらも手出しはしない」
「そうはいかない。お前を連れ戻すのが私の「人類抹殺兵器」としての仕事だ」
「……ならばやむを得ない。連れ戻したければ、私を殺せ」
ジャッカルは最後通牒ともとれる台詞を言い放つと、私とナンバー47の間に立った。
「兄弟よ、己の愚かさを思い知るがいい!」
ナンバー47が床を蹴ると、ジャッカルもほぼ同時に跳んだ。咆哮と共に爪同士がぶつかり合う音が響き、二体は再び距離を取った。
「お前とじゃれ合うつもりはない。いくぞ!」
ジャッカルの大きく開けた口からオレンジ色の火球が吐き出され、ナンバー47の頭部を掠めた。三つの頭部の一つが呻き、別の頭部が威嚇するように吠えた。
「お前の戦闘能力は学習済みだ。くらえっ」
ナンバー47の角の間に火花が散り、青白い稲妻がジャッカルとの間に閃いた。
「ぐおおっ」
電撃をまともに食らったのか、ジャッカルは身体を弓なりに反らすとその場に転がった。
「お次はこれだ、兄弟」
別の頭部がそう口にすると、二本の角から「ぎいん」という耳障りな音が発せられた。私は耳を塞いでうずくまり、それでも必死にジャッカルの動きを目で追った。
攻撃もできず床の上でのたうち回るジャッカルを、ナンバー47が「どうした兄弟」とせせら笑った。
「シャディ……このままじゃ、ジャッカルが殺されちゃう」
私は足元の「影」に呼びかけた。「影」は頷くかのようにびくんと全体を震わせると、私の足元から離れ、床の上をうねうねと進み始めた。
「さて、少々痛い思いをしてもらうぞ、兄弟。覚悟するがいい」
唸り声と共に真ん中の角が伸び、辛うじて体勢を立て直したジャッカルに向けてナンバー47が突進を開始した。
「ジャッカル、逃げてっ」
私が叫んだその直後、ジャッカルを貫こうとした鋭い角に黒い布のような物が覆いかぶさった。ナンバー47は黒い物体ごと壁に激突し、紙一重で攻撃をかわしたジャッカルはふらつきながら再び身構えた。
――あれは、シャディ?
私が予想外の展開に目を奪われていると、黒い物体の一部がするすると上に伸び、天井に渡された鉄骨に絡みついた。やがて物体は三つの頭を包んだまま、ナンバー47の身体を引き上げ、宙吊りにした。
「何をする気?シャディ」
私が思わず叫んだ、その時だった。ジャッカルが「があっ」と吠えて床を蹴り、宙吊りになったナンバー47にしがみついた。
「戻ったら仲間に伝えろ。「99は「人類抹殺兵器」を辞めてただの獣に戻った」とな」
ジャッカルがそう叫ぶのと同時に「影」がするりと戒めを解き、ジャッカルと敵は錐揉みしながら床へと落下した。床に叩きつけられる直前、ジャッカルが脇へ逃げ、ナンバー47が角の折れる音と共に床に激突した。
「ぐあ……あ」
床の上でもんどりうって苦しむナンバー47を、どこから現れたのか、黒い帯状の物体が包みこんだ。
――あれは「人工の影」だわ。……でもシャディじゃない!
私は黒い物体から伸びている「尻尾」を目で追った。どうやら物体はグラウンド側の入り口から侵入し、そのまま帯のようにナンバー47のところまで伸びてきたらしかった。
「あれはナンバー47の主人の「影」ね。迎えに来たんだわ」
私がその場に立ち尽くしていると、ナンバー47の身体を包みこんだ「影」は、するすると入口の方に戻り、ナンバー47の身体ごと体育館の外に消えた。力尽きた私は床にがくりと膝をつくと、その場にへなへなと崩れた。
「陽向……」
気が付くと私の傍らに、ジャッカルがたたずんでいた。
「ジャッカル。私を助けたりしていいの?……お家に帰れなくなるわよ」
「いいのだ。もう主人の元に戻ることはない。私には人類を滅ぼすことはできない」
「じゃあ、どこに住むの?あなた、主人の「影」に住んでるんでしょ?」
「……どこかに住処を見つける。この身体では目立つかも知れないが」
「私の「影」はどう?シャディに聞いてみていい?」
「陽向の「影」だと?」
私は足元でゆらゆらと動いている「影」を見つめた。
「どう、シャディ?ジャッカルが住める場所って、ある?」
私が問いかけた途端「影」は風船のような形になり、そのままジャッカルとほぼ同じ大きさにまで膨らんだ
「……住んでもいいみたいよ、ジャッカル」
私がそう囁くと、ジャッカルは困惑するかのようにか細い声を上げた。
「……いいのか、陽向の「影」よ」
ジャッカルが問うと「影」がぶるんと震え、それに応じるかのようにジャッカルは四つん這いになって「影」の中へと入っていった。ジャッカルを完全に内部に収めると「影」は再びしゅっと細身の姿になり、私の足元に吸い込まれた。
「ふふ、どうやらこれでお家も決まったわね。頼りない大家だけどよろしくね、ジャッカル」
私はゆっくりと立ちあがると、全てを受け入れるかのように自分の足元にそう囁いた。
〈第二十回に続く〉
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