第17話 闇からの呼びかけ


 ――陽向。……聞こえるか、陽向。私だ。


 ――誰?


 ――十九男だ。お前に伝えておきたいことがある。「敵」の動きについてだ。


 ――お爺ちゃん?いったい何なの、「敵」の動きって。


 ――どうやら「敵」はターゲットをお前や私から、一般の人間へと移しつつあるようだ。


 ――どういうこと?


 ――お前と同じようにある種の特殊能力を持つ人間を探し出し、「影」のエッセンスを奪おうとしているのだ。そのエッセンスは「終末獣」に力を与え、いずれ人類を滅ぼす計画を実行する際のエネルギー源となるようだ。


 ――何だかよくわからないけど、私のように「影」を奪われたりする人がいるってこと?


 ――それでは済まないかもしれない。……陽向。おまえ自身の身を守ることはもちろん重要だが、もし可能なら、狙われている人々を「影使い」から守ってやって欲しい。


 ――そんな……少なくとも今の私には、無理。


 ――ならば仕方ない。だがおまえ自身、いずれは残りの「影」を取り戻さねばならなくなる。不憫だが、戦うことは避けられないのだ。


 ――教えて、どうしてこんなことになったの?そもそもなぜ私の「影」が狙われたの?


 ――それは戦いの中でいずれ明らかになるだろう。誰よりもお前の幸運を祈っている。

 

 ――ちょっと待って、今どこにいるの?生きてるの?お爺ちゃん!


 自分の声で目を覚ました私は、ベッドの上でしばし呆然と固まっていた。やがて、部屋のどこかでノイズのような耳障りな音が微かに響いていることに気づき、周囲を見回した。


「あ……」


 私が目を止めたのは、父から譲り受けたCDラジカセだった。なぜか入れた覚えのない電源が入り、ラジオのノイズが流れ出ていたのだった。


 ――お爺ちゃん?まさかラジオの周波数で私に呼びかけた……とか。


 私は夢の名残を振り払うと、ベッドを降りてラジオのスイッチを切った。

 目が冴えた私はふと、壁の時計を見た。まだ三時半だ。起きてしまうには早すぎる。


 ベッドに戻ろうかどうしようか、私が逡巡を始めたその時だった。静まり返った部屋の中に、獣の吐息のような「ふうー」という声が響き渡った。


 思わず振り向いた私は、窓の方を見てぎょっとした。わずかに開いたカーテンの隙間から、黄色い二つの目がこちらを見ていたのだ。


 しばらく凝視しているとやがて目が四つに、そのまま見続けているとさらに二つに増えた。私は外の暗闇からこちらをうかがう六つの黄色い目に射すくめられ、叫ぶことすらできなくなっていた。


 ――ジャッカル?……いや、ジャッカルはあんなに恐ろしい目はしていない。


私が思わず喉の奥で「助けて、お父さん」と声を上げかけたその直後、外でパトカーのサイレンが鳴り響き、同時に黄色い六つの目も掻き消すように姿を消した。


 私はその場にへたり込むと、肩で息をしながら改めて窓の方を見た。カーテンの隙間から覗く闇は黒く塗りつぶされ、何かがいた気配すらなかった。


 ――いったい、何が始まろうとしてるんだろう。


 急に自分が一回り以上も小さくなった気がして、私は二の腕を掻き抱いた。


              ※


「少々、ごつくはなったが機能は格段に向上したはずだ」


 龍造は会うなり、私に改造が終わった「ライト」を手渡した。


「見た目は小型の懐中電灯だが、内部には無限のエネルギーを産みだす石の半分が入っている。今後は「シャドウバッテリー」と呼ぶのがいいだろう。こいつは手元のリングを回すことによって光線の種類を変えられる。やってみたまえ」


 私は五センチほど長くなった「シャドウバッテリー」の頭の方にあるリングを少しだけ回した。と、いつもの光とは異なる、レーザービームのような細い光が暗い部屋を切り裂いた。


「これで「人工の影」を切り裂いているうちに「ヴィジョン」が見え隠れするはずだ。大体の位置をつきとめたら、この「パラソッド」と合体させる」


 龍造はそう言うと、別のステッキに似た短い棒を取りだした。


「こちら側の先端に「シャドウバッテリー」をはめ込んで、反対側を持って手元のスイッチを入れる。そうすると……」


 龍造は「シャドウバッテリー」に「パラソッド」を足した物を私の方に向けた。すると真ん中あたりで傘のようなものが開き、そのまま逆向きになって光を放った。


「眩しい……」


「これが「デイフューズ」だ。拡散光によって「影」を失くし「ヴィジョン」を露わにするのだ。「影」が弱って細くなったら「パラソッド」から「バッテリー」を外し、先端を影の方に向ける。すると「パラソッド」が自動的に「影」を吸い込んでくれるというわけだ」


「吸い込んだ「影」は、どうしたらいいんです?」


「私のところに持ってきたまえ。元の「パーツ」に戻す方法を今、研究中だ」


 龍造から長さ十センチほどの「シャドウバッテリー」とその三倍ほどの長さの「パラソッド」を手渡され、私は安堵を覚えると共に、本当に役に立つのだろうかという不安にかられた。


「今後はいつ、敵が襲ってくるとも限らない。そいつをうまく使いこなしてくれることを祈るよ」


 呑気にそう言い放つ龍造を前に、私と山根は半信半疑のまま、顔を見合わせた。

 龍造の「敵」という言葉に私は、夜中に部屋をうかがっていた不気味な「目」のことを話そうかどうしようか、考え始めた。


 ――どうしよう。「目」の本体を見たわけでもないし、気のせいだと言われるのが落ちかもしれない。


 そう思いかけた時だった。ふいに携帯が鳴り、私は考えを中断してポケットを弄った。通話に切り替えると、聞き覚えのある声が耳元で「もしもし、陽向?」と言った。


「……若葉?」


 電話の相手は樹下若葉きのしたわかばというクラスメートで、同じ美術部の友人だった。


「うん、そう。久しぶりだね。……ねえ陽向、久しぶりに学校に出て来ない?」


 若葉の屈託のない口調に、なぜだか私は申し訳ない気分になった。


「うん、そうしたいところだけど……最近、急に色々と忙しくなっちゃって」


「そう。……もしちょっとだけ時間があったら、部室だけでいいから、来てもらえないかな。例の「絵」ができたから、陽向にはぜひ見て欲しいと思って」


「あ、あれか……うん、わかった」


 若葉の言う「例の絵」とは、以前、美術部の課題で描いたもので「屋外で友人と互いを描き合う」という内容の絵だった。

 若葉は私を「影のない人物」として描き、顧問の教師から「ちゃんと描きなさい」と叱責されたのだ。私の事情を知っている若葉は頑として聞き入れず、私はその後、学校に行かなくなったので絵がどうなったかを知らないままだったのだ。


「じゃあ、明日の四時に待ってるから。その時間ならもう誰もいないし、みんなの注目を浴びることもないと思う。どうしても、ありのままの陽向を描いた絵を見て欲しいんだ」


「うんわかった。じゃあお言葉に甘えて行くわね。……絵を完成させてくれてありがとう」


 若葉との通話を終え、私はふっと息を吐いた。途方もない戦いの話の一方、あまりにも普通の生活が隣り合わせで存在する。私は自分の存在が影のように揺らぐのを意識した。


              〈第十八回に続く〉

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