第16話 少年は影をたどる


「どこか痛むところは?……そうか、よかった」


 私が二人のところに降りていこうか迷っていると、その傍らをすり抜けるように二人に向かっていく人影があった。


「尚紀君じゃないか。こんなところで何をしてるんだ?」


 二人に近づくなり、驚きの声を上げたのは龍造だった。


「ごめんなさい……先生が「秘密の隠れ家」を持ってるって言うから一度、見てみたかったんだ」


「なんだ、そんな事か。一度「行きたい」って言ってくれれば正式にご招待したのに」


「だってお母さんが「行ったら駄目」って言うと思ったんだ」


「だからってこっそり後をつけてきたりして、迷子になったり危ない目に遭ったりしたら、後で余計に怒られることになるぞ」


「……うん」


「まあ、とにかく大きな怪我がなくて良かった。……山根君、申し訳ないがこの子を近くの駅まで送って行ってくれないか。……携帯は持ってるのかい、尚紀君?」


「持ってます……あっ、電話が来てた。お母さんからだ」


 尚紀はそう言うと、携帯の表示を龍造に見せた。龍造は尚紀から携帯を借りると、母親と通話を始めた。やがて通話を終えた龍造はふうっと長い息を吐くと、少しばかり怖い目で尚紀を見た。


「うちの近くの駅まで迎えに来てくれるそうだ。少々のお小言は覚悟しておくんだね」


「あ、私も一緒に送っていきます。元はと言えば私の用事にみなさんを付き合わせたんですから」


「じゃあ、とりあえず駅まで一緒に行きましょう。……尚紀君、足は痛くないかい」


「うん、大丈夫」


「慌てて逃げたりするから、階段で転ぶんだぞ。こんな事をするのはこれきりにしなさい」


「わかりました、先生」


 私たちは龍造に礼を述べると、住宅地の中を最寄り駅目指して歩き始めた。


「尚紀君は飛行機が好きなのかい?それとも飛行機の模型が好きなのかい?」


「飛行機も好きだよ。飛行機だけじゃなくて電車もロボットもみんな好き。……あ、そうだ。今度「I・バトル」がこの町で開催されるんだ」


「「I・バトル」って?」


「AIを積んだメカ同志を戦わせる大会だよ。人間タイプでもドローンでも、なんでも自由なんだ。……でもお母さんがまた「見に行っちゃ駄目」って言うだろうな」


「場所はどこなの?」


「Nタウンホール。N区の駅前だよ」


「なんだ、私の通ってた高校の近くじゃない。いいわ、もしお母さんを説得できたら、お姉さんが一緒に行ってあげる」


「本当?」


 私がそう申し出ると、尚紀は嬉しそうに目を見開いた。


「Nタウンホールなら、うちの大学からも近いよ。僕も行ってみようかな。面白そうだ」


 山根がそう口を挟んだ、その直後だった。突然、尚紀が「あっ、危ない」と叫んで道路脇に飛び退った。次の瞬間、一台の車両が私たちの傍らを掠め、水たまりの水を盛大に撥ね散らかしていった。


「……ひどいな、びちょびちょだ」


 山根がズボンの裾をつまんで言った。車が通りすぎる瞬間、咄嗟に身体を回転させて私を庇ったのだ。


「ごめんなさい……私の盾になったばっかりに」


「いえ、いいんです。……それにしても尚紀君の反射神経には恐れいったな」


 山根が感心したように言うと、尚紀が照れ笑いのような顔を見せた。駅に着くと、尚紀の母親が安堵と困惑がない交ぜになった表情で出迎えた。


「本当に、なんとお詫びしてよいか……申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げた母親に、私は「私が先生にご自宅を見せて欲しいといったからです、叱らないであげてください」と言った。母親は表情をわずかに和らげ、尚紀に「ほら、きちんと謝りなさい」と頭を下げさせた。


 親子が立ち去るのを見送った後、私は山根に「色々と驚かせてすみません。山根さんがいてくださったおかげで、すごく助かりました」と言った。


「とんでもない。僕こそとても興味深い体験ができました。こう言っては失礼かもしれませんが、人は「影」に惹かれる部分があると思うんです。もしかしたら尚紀君も僕らのやり取りに秘密の臭いを嗅ぎ取ったのかもしれません」


「秘密の臭い……ですか」


 私はふと、父や祖父のことを思った。二人はこれまで、恐ろしい秘密を隠して生きてきた。それを託された私にもまた、これから秘密という「影」が付きまとうのかもしれない。


              〈第十六回に続く〉

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