第15話 少女の名は影狩り
「さて、十九男先生……蔭山さんのお祖父さんの依頼だが、陽向さんが「本物の」影を取り戻せるようサポートして欲しいとのことだったね?」
「はい、そうです。そのための具体的なやり方はメモにもなかったので……」
「うむ。そうなると少しばかり突っ込んだ話になるな。山根君にもお祖父さんのことや「影」のことを打ち明けても構わないかな?」
「はい、大丈夫です」
私はメモを取りだすと、山根に改めて今までの経緯を余すところなく語った。
さすがに「終末獣」や「時空連続体」の話になると目をぱちぱちさせ「本当だろうか」と訝しんだものの、最後には説明の一つ一つに真剣な表情で頷くさまが見られた。
「俄かには信じがたいお話ですが……十都橋先生が僕に陽向さんと龍造先生の橋渡しを頼んだことから考えて、事実なんでしょうね」
眉間に皺を刻んでいる山根を見て、私は少し可笑しくなった。事情を理解している龍造が呑気に構えていて、半信半疑の山根が真剣に向き合おうとしている。まるで私の気持ちを二人が半分づつ代弁してくれているようだ。
「さて、そういうわけで陽向君、よかったらその「人工の影」とやらを見せてもらえないかね?」
「ここでですか?」
「無理にとは言わないが、お父さんから託された唯一の「味方」をこの目で見てみたいのでね」
「……わかりました。じゃあ、その辺に「影」のできるスペースを空けてもらえますか」
私がそう言って立ちあがると、龍造はまるでガールフレンドでも招き入れるかのようにいそいそと床の上の本を片付け始めた。私は「ライト」を取りだすと、自分の足元に向けてスイッチを入れた。
次の瞬間、光の先に短い影が現れたかと思うと、つま先から週十センチのところで垂直に折れ、厚みのない黒いシルエットが立ちあがった。
「……こんにちは、ヒナタ」
立ち上がった「影」はゆらゆらと動きながら、この前よりいくぶん流暢に挨拶をした。
「こんにちは、「影」さん。この間はありがとう。お蔭で「ジャッカル」を手当てできたわ」
「よかった、ヒナタ。うまくいってうれしい」
「影」は男性とも女性ともつかない声でそういうと、人間に近い形になった。
「あー、こんにちは「影」さん。私は陽向君の知り合いで叢雲という科学者だ」
龍造が話しかけると、「影」は身を捩って龍造の方を向いた。
「こんにちは、ムラクモ。わたしはヒナタのカゲ」
「うん、それは知っている。君を作ったのは誰?陽向君のお父さんかい?」
「そう。でもわたしのライセンスは「エンダービーイング」の物。ヒナタのパパがそれを封印して、ヒナタのアイディンティティを埋めこんだ。だからわたしのマスターはヒナタ」
「つまり君も九十九のパーツの一つというわけだ」
「そのとおり。だけどわたしはほかの「影」と戦うことができる。ヒナタのパパがわたしを、自分の分身と戦えるように組織に埋めこまれたリミッターを外した。だから戦う」
「じゃああなた、一人ぼっちなのね」
私は自分の「影」に思わず語りかけていた。
「パパはわたしに「ヒナタも一人ぼっち、だがお前がいれば一人じゃない」と言った。だからわたしは一人じゃない。わたしがいればヒナタも一人じゃない」
私は「影」のぎこちない慰めに、体が熱くなるのを覚えた。そうだ、この「影」には父の、そして祖父の祈りと後悔が詰まっているのだ。私も戦わなければ――でもどうやって?
「叢雲先生」
「ん?どうしたね」
「祖父のメモによれば私が自分の「影」を取り戻すためには、「人工の影」に眠っている記憶「ヴィジョン」を見つけだすことが必要だとありました。どうすれば「影」の中に眠っている記憶を見つけ出せると思いますか?」
「おそらく、君が託された「ライト」の光が、「影」の中に眠っている記憶を照らし出すのだと思う。ただ、そのためには光を絞ったり拡散させたりする機能があったほうがいい。……ちょっと、そのライトを貸して見てくれないか」
「でも、これを貸したら「影」が消えちゃいます」
「わたしは消えない。ライトは出てくるときだけつければいい。出たら消しても大丈夫」
ふいに「影」が言った。私は半信半疑でライトを消してみた。すると驚いたことに、ライトを消しても「影」はそのままそこでゆらゆらと悪戯っぽく揺れ続けていた。
「……不思議ね、あなたって」
私は「影」に声をかけると、龍造にライトを渡した。龍造はしばらくライトをいじりまわしていたが、やがて「うーむ」と唸ると、私の表情をうかがうような目つきになった。
「思ったより単純な構造だ。これなら私でも機能を追加できそうだ。……陽向君、良ければ一週間ほどこいつを私に預けてくれないか。君が自信を持って「影」を取り戻すために」
唐突な申し出に私は一瞬、躊躇した後「え……はい」と勢いに呑まれるように頷いていた。
「よし、それじゃあ一週間後に再び集合だ。その日を君の「影狩り」デビューの日にしよう」
「「影狩り」……ですか。私、そんな怖いものになれるかな」
私は気圧されつつ頷くと、「影」の方を向いた。
「じゃああなたにも、何か名前をつけなきゃね。ただの「影」じゃあんまりだもの。……そうね、じゃあ「シャディ」でどうかしら」
「シャディ、シャディ……わかった、わたしはシャディ。ヒナタ、よろしく」
「うん、よろしく。また必要があったら呼ぶわね」
私が言うと、シャディはするすると私の足元に吸い込まれていった。
「あの……僕も一週間後に来ていいんでしょうか」
おそるおそる切りだした山根に龍造は「もちろんだとも。……さ、今日はこれでお開きにしよう。玄関まで送っていこう」と来た時同様、性急に言った。
私たちは再び狭い廊下を通って玄関へと戻った。私がのろのろと靴を履いていると、先に靴を履き終えた山根が「お邪魔しました」と言ってドアを押し開いた。
その直後、私の耳に山根の「あっ」という意表を突かれたような声が飛び込んできた。
「山根さん、どうかしたの?」
私が顔を上げるのとほぼ同時に、山根が開け放たれたドアから外に飛び出していった。私は慌てて立ち上がると、山根を追って外廊下に出た。
視線の先に山根の背中が見えた直後、がしゃんという派手な音がして、山根の「大丈夫か?」という叫び声が聞こえた。山根を追って行った私は、そこで思わぬ光景を目にして立ち止まった。
階段を降り切ったところに、倒れている子供と抱き起こしている山根の姿があった。
「あの子……」
階段の下ですり傷だらけで唸っている子供の顔を見て、私は思わず声を上げた。
山根に介抱されている子供は、私たちが先ほど体育館ですれ違った「尚紀」という少年だった。
〈第十五回に続く〉
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