第14話 秘密基地への招待
私たちは早速「樹麻」からほど近い駅に移動すると、叢雲がいるという「地域学習センター」へと向かった。
電車で移動した後、降車駅から十分ほど住宅地沿いを歩くと唐突に大きな体育館が現れた。どうやらここが「地域学習センター」らしい。
「叢雲さんはここで何をしてらっしゃるんですか」
「今日は子供たちに紙飛行機の飛ばし方を教えるボランティアだそうです。もう終了時刻に近いから、中に入って待ちましょう」
山根はそう言うと、臆することなく体育館の門をくぐって敷地に足を踏み入れた。私は先ほどの喫茶店とは打って変わって開放的な場所に戸惑いつつ、山根の後に続いた。
建物の中は午後三時半という時刻のせいか、ひと汗流した主婦や子供たちで賑わっていた。私たちは受付で来意を告げるとスリッパを借り、奥に進んでいった。
第一競技室と書かれた札が掲げられた部屋に足を踏み入れると、紙飛行機教室は終了したのか年配の男性と一組の親子がいるだけだった。
がらんとしたフロアの中央では、小学生くらいの男の子が龍の形をした飛行機を飛ばし、それを母親らしき女性と年配男性が見守っていた。
「ちょっと
夢中で飛行機を飛ばしている男の子を、母親がやんわりと窘めた。やがて男の子は頬を紅潮させたまま「先生、ありがとうございました」と年配男性に頭を下げた。
「面白かったかな」
白衣に身を包んだ六十代くらいの男性は、男の子にそう言って笑いかけた。
「うん。まさかこんな形の飛行機が飛ぶとは思わなかった」
男の子の興奮した返答を受け、男性は我が意を得たりとばかりに口元を緩めた。
「また来月、紙飛行機教室をやるから、よかったらまたおいで。新作を用意しておくから」
男性の言葉に、男の子は目を輝かせた。私たちは帰宅する親子と入れ替わる形で、競技室の奥へ進んでいった。
「こんにちは。叢雲龍造先生ですね?」
私が呼びかけると白衣に身を包んだ年配男性は一瞬、目を瞠った後、相好を崩した。
「もしかして、先ほど連絡をくれた方ですか、ええと……」
「蔭山陽向です。亡くなられた十都橋教授から、あなたを紹介されました」
「十都橋先生が……ということは蔭山先生のお孫さんですね。先生はお元気ですか」
「それが……事故で意識不明になってしまって」
「なんだって」
龍造の表情が強張り、私はこれまでの経緯を簡潔に説明した。
「ふうむ……すると十都橋先生が恐れていた事態が起きてしまったわけだ」
「どういうことです?」
「我々はあなたのお祖父さん同様、人造生命を秘かに研究していました。特に「影」と呼ばれる意識を持った時空連続体を、表向きの研究とは別の場所で研究していたのです」
「影を……ですか」
「ええ。ところが数か月ほど前から、あなたのお祖父さんに「身辺に気をつけろ」という警告がきましてね。どうやら「スポンサー」が動きだしたらしいと」
「そのことなら、少しだけ知っています」
私が意を決してメモのない用を伝えると、龍造は「やはりそうか」と項垂れた。
「それで私は研究を一時中断して本来の業務のみに集中していたのですが、十都橋教授は危機感を募らせていたのか、あちこちから「影」の情報を集めようとしていたのです」
「それが「スポンサー」に伝わって……」
私がそう呟くと、龍造は「わからない」というように頭を振った。
「いずれにせよお祖父さんにまで敵の手が伸びたということは、一刻の猶予もないということです。私の知識などたかが知れてはいますが、できる限りの協力をさせてください」
龍造はそう言うと、私からやや離れた場所に立っていた山根に向けて呼びかけた。
「君は、十都橋先生の助手だね?こっちに来て一緒に話さないか」
呼びかけられた山根は一瞬、目を見開いた後、とんでもないというように手を振った。
「どうです、彼も加わった方が心強いとは思いませんか」
龍造に囁かれ、私は即座に頷いた。今までの感触から、「敵」に加担するような人間ではないことを確信していたからだった。
「よし、じゃあ決まった。これから僕の「隠れ家」に移動しよう。そこでこれからのことを相談しようじゃないか」
※
体育館を出た私たちは、龍造に導かれるまま電車で一駅ほどの距離を歩いた。
「あそこが僕の「隠れ家」だ。少々狭いが勘弁してくれ」
ふいに足を止めた龍造が目で示したのは、枝分かれした路地の奥にひっそりと立つ古い木造アパートだった。龍造は錆の浮いた外階段を上ると、外廊下を進んでいった。やがて角部屋の前で足を止めると、鍵を取りだした。
「中が少々、散らかっていてね。書斎にたどり着くのに骨が折れるかもしれない」
龍造はそう言い置くと、開け放たれたドアから中へ入っていった。おそるおそる後に続いた私たちは、玄関からの眺めに思わず目を瞠った。
「これは……」
龍造の「隠れ家」は玄関口から廊下に至るまで、模型の箱と本がわずかな隙間を残して埋め尽くしていたのだった。
「構わないから、奥まで進んでくれ。僕は一足先に書斎でお茶の準備をしてるから」
すでに暗がりの奥へと消えていた龍造の呼びかけに、私たちは思わず顔を見合わせた。
どうにかこうにか本と箱の山を崩さぬよう奥の部屋にたどり着くと、やはり四方を物が埋め尽くした空間の真ん中で、龍造が湯呑みの乗ったちゃぶ台を前に待ち構えていた。
「ようこそ、僕の「隠れ家」へ。さっそく作戦会議と行こうじゃないか」
昼間とは思えぬ暗さの部屋で、にこにこ顔の「協力者」と私たちはちゃぶ台を囲んだ。
「息子夫婦には「ガラクタ屋敷」なんて呼ばれてるが、なに、慣れれば快適そのものさ」
楽しくて仕方がないと言わんばかりの龍造を前に私は、この人の息子を見染めた円もまた、ただ者ではないなと頭の片隅で思った。
〈第十五回に続く〉
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