第13話 宿命は影を落とす
「もしもし、
私は胸の動悸を押さえながら、早口にならぬよう電話の相手に告げた。
「十都橋教授ですか……ええと、少々、お待ちください」
応対した女性はそう言ったきり、押し黙った。どうしたのだろうと訝っていると、しばらくして保留のメロディが流れ始めた。
「もしもし、教務課の者ですが……どう言ったご用件ですか?」
「あの、うちの祖父が以前、先生にお世話になったらしくて連絡を取ってくれないかと頼まれたんですが……」
私があらかじめ考えておいた理由を告げても、相手はなかなか返答を寄越さなかった。
どうも変だ、私がやっとそう気づきかけた時、電話口の向こうで相手が口を開いた。
「十都橋教授は先月、亡くなられました。ですから御身内の方にもそうお伝えください」
「亡くなられた?」
私は思わず絶句した。秀学館大学の十都橋教授というのは、祖父のメモに「協力者」として名前が連ねられていた数名の人物のうち、一番上に書かれていた人物だった。
「ご病気か何かですか?」
「事故です。……そのあたりは私どもとしてはお伝えしかねますので、そうですね、研究を引き継がれた助手の方に聞いてもらえますか」
「助手?」
「ええ。ご用件をお伝えして、先方がお話しても構わなければ折り返しご連絡するということで、いかがでしょうか」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
通話を終えた私はしばらく、椅子の上で呆然と天を仰いでいた。まさか、亡くなっているだなんて。もしかすると、他の「協力者」たちもなにがしかの不幸に見舞われているのだろうか。私はふと「影使い」たちが身近に迫ってくる気配を感じ、背筋が寒くなった。
助手と名乗る男性から私の携帯に電話がかかってきたのは、そのわずか十分後だった。
「秀学館大学の山根と申します。蔭山……さんですか?」
「はい。すみません、お手数おかけして」
「なんでもお祖父様が十都橋教授に面会したかったとか……」
「いえ、お会いしたかったのは私です。……実は先日、祖父が事故に遭いまして、意識不明になってしまったんです。その祖父が事故に遭う前、私に「この人がお前の協力者となってくれるはずだ」と伝えてきたんです。それで……」
私は何とか意図が伝わるよう、苦心して状況を説明した。すると電話の向こうでしばし沈黙が続き、やがておもむろに「そうでしたか」と短い返答があった。
「あなたが教授を頼ってくるという「来客」だったんですね。教授から生前、そのような方が来るだろうと聞いていました。……実は教授からあなたに伝言があるのですが、どこかでお会いできないでしょうか」
「私に?……もちろん構いませんが」
予想外の展開に、私は戸惑いを隠せずにいた。十都橋教授は祖父から私のことを聞いていた?それに伝言とは?
「わかりました。では大学の正門近くにある「
山根に都合のつく日時を聞き、私は通話を終えた。なんとか繋がったとはいえ、予想外の展開に困惑しつつ、私は待ち合わせ先の店に関する位置情報を調べ始めた。
※
「失礼ですが、蔭山さんですか?」
柔らかな物腰でそう語りかけてきたのは、二十代と思しき細身の青年だった。
「はい。そうです。……もしかして山根さんですか?」
「よかった、そうです。山根です。……座っても構いませんか」
山根は私の向かいの席を目で示しながら言った。私は「もちろん、どうぞ」と応じた。
「先日、電話でもお伝えしたのですが……」
山根は私に名刺を差し出しながら言った。高校生だからと見下ろすようなところがなく、私は緊張がほぐれるのを感じた。
「教授はあなたの祖父……蔭山十九男さんと親交があったようですね。いずれ本人か代理の人が訪ねてくるだろうとよく言っていました」
「そうだったんですか……」
「そして不思議なのはこうもおっしゃっていたんです。「もし「お客」が私を訪ねてきた時、私がいなくなっていたら、この人物を代わりに紹介してあげて欲しい」と」
山根はそう言うと、私の目の前に一通の封筒を掲げてみせた。自分がいなくなった時のことを想定していたということは、身辺に何か危険を感じることがあったのだろうか。
「あの……十都橋教授がなくなった事故って、どういう状況で起きた物だったんですか」
「電車を待っていて、線路に転落したんです。ちょうど飲酒の後だったのでホームから足を滑らせたのだろうということで事件性は認められなかったんですが……助けだそうとした駅員の一人が、妙な言葉を耳にしたそうです」
「妙な言葉?」
「ええ。何でも「影に突き飛ばされた」とか……」
「影に?」
私は背筋に冷たい物が走るのを覚えた。影に……これは偶然だろうか?
「おかしいですよね、影に押されるなんて。しかも科学者がそんな事を言うなんてやはり、酔っぱらっていたのでしょう」
そうだろうか。私は思わず自分の足元に目をやった。
「そんなわけで、蔭山さんさえよかったら、その人にこれから会いに行こうと思うのですが……いかがですか?」
私は即座に頷いていた。この機会を逃すわけにはいかない。
「行きます。ご迷惑でなければ」
「わかりました。……実は僕もその方に会うのは初めてなので、一応ネットで調べてみました。こんな感じの方みたいですよ」
そういうと山根はバッグからタブレットを取りだし、ある研究者のホームページを表示した。そこに現れた管理人の名前とサムネイルを見て、私ははっとした。名前は
「この人……もしかして知っている人の義理のお父さんかもしれません」
「えっ、本当ですか」
私の反応が予想外だったのだろう、山根は目を見開いて絶句した。
「はい。数回しかお会いしたことはないんですが、知り合いのご主人とそっくりです」
この人が円さんの義理の父親なら、心強さも倍になる。世間は狭いなと私は思った。
〈第十四回に続く〉
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