第12話 影よ、共に征かん


 陽向へ


 このメモをお前が読むころ、もしかすると私はこの世にいないかもしれない。


 仮に生きているとしても、お前にこのメモを託したということは、やはり我が身に危険が及んでいるという事に他ならない。


 陽向、お前を一人にして申し訳ない。これからお前が立ち向かうであろう困難に、私は何ら手助けをすることができない。だからせめて、このメモに収まる限りの情報を伝えておこうと思う。


 まず、お前に父親が託した「人工の影=レプリシェイド」についてだ。

「影」と呼んではいるが、それは影に似せた時空連続体――それも意識を持った――だ。良く理解できないかもしれないが、つまりこの世界と別な世界の両方に跨って存在している「何か」だ。


 お前は常にこの「影」と共に行動し、お前の見聞きするものを「影」に教え込むのだ。


「影」にはみずから学習し、知能を発達させるラーニング能力が備わっている。はじめのうちはやり取りもぎこちないだろうが、時と共に次第に「人間らしく」なっていくはずだ。


 次にお前が「本当の影」を取り戻す方法だが、お前から「影」を奪った「敵」の正体は「エンダービーイング」という新興宗教で、かつて私と、お前の父のスポンサーだった集団だ。


 彼らの思想は「地球上から悪しき現人類を駆除し、穢れのない生態系を取り戻す」という物で、一時期、私たちはこの思想に共鳴した事があった。もちろん、今は愚かな行為だったと思っているが、技術者として数年にわたって協力し続けた事実に変わりはない。


 私たちがこの集団の求めに応じて研究した物はお前も知っている「人造生命」だ。私たちの作りだした「人造生命」は大きく三種類ある。


 一つはお前と共にある「人工の影レプリシェイド」。もう一つは「影」を操る術者である「影使いシャドウマスター」。これは人間の姿をしていて、十年前、お前から「本物の影」を奪っていったのは最初期に作られた一体だ。


 三つ目が「終末獣エンダービースト」と名付けられた獣の形の人造生命だ。

 これは攻撃と破壊に特化した生命で、人類の抹殺を目的として産みだされた生き物だ。私とお前の父は、この生き物を九十九体こしらえたところで、研究から手を引いたのだ。


終末獣エンダービースト」は普段は「人工の影レプリシェイド」――つまり時空連続体の一部を住処としている。現実世界に現れるのは「影使いシャドウマスター」が命じた時だけだ。


人工の影レプリシェイド」は、お前の持っていた「本物の影トゥルーシェイド」を元に作られている。

本物の影トゥルーシェイド」を九十九のパーツに分解したものが「人工の影レプリシェイド」なのだ。したがって「人工の影レプリシェイド」にはお前の「影」だったころの記憶が眠っている。


 お前の仕事は「影」の奥深く眠っている「記憶ヴィジョン」を呼び覚まして元のパーツに戻し、それを九十九集めて「本物の影トゥルーシェイド」を再生させることなのだ。


 ある人間が人造生命――つまり「影使いシャドウマスター」かどうかを見極める方法は、その人物が苦手としているものをつきとめればよい。

影使いシャドウマスター」にはそれそれ個性があり、「人工の影レプリシェイド」もまた、術者である「影使いシャドウマスター」と同じものを苦手とする傾向がある。


 例えば術者が犬を苦手とするなら、「影」もまた犬を避けようとするだろう。まだ若い「影」の場合、得手不得手が見つけにくい場合もあるが、そんな時はこう考えればいい。

 主に「人工の影レプリシェイド」は火の粉や水しぶき、虫といった小さなものを嫌う傾向がある。「影」がそれらと接した時に「どうふるまうか」をよく観察するのだ。


 人造生命と戦い、「影」をパーツに戻す方法は手帳にある「協力者」たちが知っているはずだ。探し出して私の名を告げ、協力を請うのだ。


 今のところお前には「影」しか味方がいない。「終末獣エンダービースト」と戦う術もこれから身に着けなければならない。だが、必ず方法はある。

 人造生命は私たちが作りだした生き物であり、お前が「狩る」ことになる「人工の影レプリシェイド」はそのすべてがお前の「影」を元に作りだされた物なのだ。負けるはずがない。


 よいか陽向。このメモを見終えた時からお前の「影狩り」としての長い旅が始まる。

 お前は自分の「本物の影トゥルーシェイド」を取り戻すために、自分のために戦うのだ。お前の父がたくした「影」は必ずお前を守ってくれるはずだ。だから何も恐れることはない。いいな。


 私は祖父のメモを読み終えると、そっとたたんで手帳に挟みこんだ。助手席のシートに背を預け、遠い山並みを眺めると自然とため息が漏れた。


「随分熱心に読んでたみたいだけど、お祖父さんからの手紙?」


 運転席でハンドルを握っていた円が、首を曲げてこちらを見た。


「……うん。結構、重い内容だった」


 私は項垂れ、呟くように返した。その直後、ふいにポケットの携帯が鳴った。


「はい、もしもし……えっ、本当?良かった。……うん。……そうなんだ、わかりました。じゃあ戻ったら一度、お見舞いに行きます」


 私が通話を終えると、ミラーの中で円が不安げに眉を寄せるのが見えた。


「病院から?」


「……そう。お爺ちゃんは一命をとりとめたって。……でも意識が戻らないみたい」


「そうなの。……でも焦らないで待ちましょ。きっとそのうち目を覚ますわよ」


 円のなぐさめに、私は素直にうなずいた。きっと悪いことばかりではないはずだ。


 私がそう自分に言い聞かせ、再びシートにもたれようとした時だった。ふいにフロントガラス越しの山間に、奇妙なものが見えた。それは一見すると、とてつもなく大きな獣が木から木へと飛び移り、何処かへ行こうとしているようにも見えた。


 ――まさか、ジャッカル?


 車が大きくカーブを描き、私はサイドウィンドウに視線を移した。獣の影は山裾の濃い緑に紛れ、あっと言う間に見えなくなった。


 ――ジャッカル、ひょっとして「影使い」のところに戻るの?また虐められるかもしれないのに。


終末獣エンダービースト」は「影使いシャドウマスター」の「人工の影レプリシェイド」を住処にしているという。ジャッカルが「エンダービースト」ならば「影使いシャドウマスター」の元に帰るしかないのだろう。私はどういうわけか胸がしめつけられるような気持ちになった。


「あっ、下りになったわ。もうすぐよ」


 円の声に、私は元の日常が近づいてきたことを知った。しかしそれは、これから始まるであろう戦いの日々が待っている世界――人々の暮らす街に戻るということでもあった。


          〈序章 終わり 第十三話に続く〉

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