第12話 影よ、共に征かん
陽向へ
このメモをお前が読むころ、もしかすると私はこの世にいないかもしれない。
仮に生きているとしても、お前にこのメモを託したということは、やはり我が身に危険が及んでいるという事に他ならない。
陽向、お前を一人にして申し訳ない。これからお前が立ち向かうであろう困難に、私は何ら手助けをすることができない。だからせめて、このメモに収まる限りの情報を伝えておこうと思う。
まず、お前に父親が託した「人工の影=レプリシェイド」についてだ。
「影」と呼んではいるが、それは影に似せた時空連続体――それも意識を持った――だ。良く理解できないかもしれないが、つまりこの世界と別な世界の両方に跨って存在している「何か」だ。
お前は常にこの「影」と共に行動し、お前の見聞きするものを「影」に教え込むのだ。
「影」にはみずから学習し、知能を発達させるラーニング能力が備わっている。はじめのうちはやり取りもぎこちないだろうが、時と共に次第に「人間らしく」なっていくはずだ。
次にお前が「本当の影」を取り戻す方法だが、お前から「影」を奪った「敵」の正体は「エンダービーイング」という新興宗教で、かつて私と、お前の父のスポンサーだった集団だ。
彼らの思想は「地球上から悪しき現人類を駆除し、穢れのない生態系を取り戻す」という物で、一時期、私たちはこの思想に共鳴した事があった。もちろん、今は愚かな行為だったと思っているが、技術者として数年にわたって協力し続けた事実に変わりはない。
私たちがこの集団の求めに応じて研究した物はお前も知っている「人造生命」だ。私たちの作りだした「人造生命」は大きく三種類ある。
一つはお前と共にある「
三つ目が「
これは攻撃と破壊に特化した生命で、人類の抹殺を目的として産みだされた生き物だ。私とお前の父は、この生き物を九十九体こしらえたところで、研究から手を引いたのだ。
「
「
「
お前の仕事は「影」の奥深く眠っている「
ある人間が人造生命――つまり「
「
例えば術者が犬を苦手とするなら、「影」もまた犬を避けようとするだろう。まだ若い「影」の場合、得手不得手が見つけにくい場合もあるが、そんな時はこう考えればいい。
主に「
人造生命と戦い、「影」をパーツに戻す方法は手帳にある「協力者」たちが知っているはずだ。探し出して私の名を告げ、協力を請うのだ。
今のところお前には「影」しか味方がいない。「
人造生命は私たちが作りだした生き物であり、お前が「狩る」ことになる「
よいか陽向。このメモを見終えた時からお前の「影狩り」としての長い旅が始まる。
お前は自分の「
私は祖父のメモを読み終えると、そっとたたんで手帳に挟みこんだ。助手席のシートに背を預け、遠い山並みを眺めると自然とため息が漏れた。
「随分熱心に読んでたみたいだけど、お祖父さんからの手紙?」
運転席でハンドルを握っていた円が、首を曲げてこちらを見た。
「……うん。結構、重い内容だった」
私は項垂れ、呟くように返した。その直後、ふいにポケットの携帯が鳴った。
「はい、もしもし……えっ、本当?良かった。……うん。……そうなんだ、わかりました。じゃあ戻ったら一度、お見舞いに行きます」
私が通話を終えると、ミラーの中で円が不安げに眉を寄せるのが見えた。
「病院から?」
「……そう。お爺ちゃんは一命をとりとめたって。……でも意識が戻らないみたい」
「そうなの。……でも焦らないで待ちましょ。きっとそのうち目を覚ますわよ」
円のなぐさめに、私は素直にうなずいた。きっと悪いことばかりではないはずだ。
私がそう自分に言い聞かせ、再びシートにもたれようとした時だった。ふいにフロントガラス越しの山間に、奇妙なものが見えた。それは一見すると、とてつもなく大きな獣が木から木へと飛び移り、何処かへ行こうとしているようにも見えた。
――まさか、ジャッカル?
車が大きくカーブを描き、私はサイドウィンドウに視線を移した。獣の影は山裾の濃い緑に紛れ、あっと言う間に見えなくなった。
――ジャッカル、ひょっとして「影使い」のところに戻るの?また虐められるかもしれないのに。
「
「あっ、下りになったわ。もうすぐよ」
円の声に、私は元の日常が近づいてきたことを知った。しかしそれは、これから始まるであろう戦いの日々が待っている世界――人々の暮らす街に戻るということでもあった。
〈序章 終わり 第十三話に続く〉
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