第6話 喪われし我が友よ


「……やれやれ、よもや自分の部屋で監禁されるとは、わしも甘くなったものだ」


「お爺ちゃん……本物のお爺ちゃんなの?」


 私が問うと、目の前の老人は「危ないところだったな、陽向。しかし「石」を渡さなかっただけ上出来かな。偽物に気づかなかった点を差し引いて五十点だ」と言った。


「じゃあさっきの人は、お爺ちゃんの偽物だったの?いったい誰が、何のために?」


「ふむ、せっかちなところは七つの頃から変わっとらんな。いいか、今は順序立てて話している時ではない。先ほどの偽物が首尾よくお前から「石」をだまし取った後、「敵」が送りこんだ「兵器」がわしを殺すことになっていたのだ」


「敵?兵器?……お爺ちゃん、いったい何の話?」


厳格な祖父のイメージからはおよそ掛け離れたアニメのような単語に、私は面食らった。


「なんの話かは無事、この状況をやり過ごせたら説明しよう。とにかく今は「敵」の「兵器」をなんとかせねばならん。……まったく、琴美の店やこの家を襲っても何の意味もないというのに無駄に暴れおって。……陽向、「石」は持っているな?」


 先ほどの「偽物」と同じことを聞かれ、私は一瞬、躊躇した後「はい」と答えた。


「お前の父の石だけか?「ギフト」も一緒に持ってきたか?」


 私は祖父の言葉に頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。


「どうしてお爺ちゃんが「ギフト」のことを……」


「わしはなんでも知っておる。……それより持っているのかいないのか」


「……持ってます」


 私はポーチから半分づつの球体を二つ撮りだし、十九男に手渡した。


「……ふむ、保存状態は悪くないな。陽向。この石がどういうものか、父親から聞いているかな?」


「少しだけ……父が亡くなる直前、もともと持っていた方の石を私に見せて「万が一、私がいなくなったらこの石をお前に任せる。七歳の時にお前が黒服の人物からもらった「ギフト」と一種に持ち歩け」と言いました」


「なるほど、一応、最低限のメッセージだけは残したわけだな。……よかろう。今からこの石の使い方の一つをお前に教える。良く見ていなさい」


 十九男はそう言うと、どこからか小さな透明の円筒を取り出した。


「この二つの石は、両方とも「本物」なら合わせることで無限の力を産みだすのだ。……残念ながら今のところ、片方がレプリカなので本来の反応は起こらぬ。それでも、合わせればそれなりの「魔法」は起きる……こんな風にすればな」


 十九男は二つの石同士を合わせて球体にしたものを円筒に入れると、さらに一回り大きな金属製の円筒に押しこんだ。蓋をした円筒は、良く見ると小型のライトのようだった。


「中にいれた円筒は「シャドーバッテリー」と言って、時空にひずみを生じさせる光を産むものだ。手に持って、自分の足元を照らしてみなさい」


 ライトを手渡された私は、先端を下げようとしてその場で動きを止めた。


「……怖い」


「だろうな。もう十年も「影のない」生活を送ってきたのだから、当然だ」


「お爺ちゃん、どうしてそのことを知ってるの?」


 私が尋ねると、十九男の顔に初めて翳が射した。


「よいか陽向。お前から影を奪った男は、私がこの世に産みだした人造生命なのだ」


「……お爺ちゃん、何言ってるの?」


「私とお前の父親は、ある使命の元に人造生命を産みだし続けていたのだ。……もちろん、途中で恐ろしくなって辞めたがな。だがわしたちのスポンサーはその後も開発を続け、とうとう人類を抹殺する生命兵器をこしらえてしまったのだ。その一体が……いや、わしに化けておった奴も含めれば二体が、ここに来ておる。そいつらに目的を果たさせぬためにも、そのライトが必要なのだ」


「ねえ、話が全然、わからないわ。だってこれで足元を照らしたぐらいで一体、何が……」


 私がそう言いながら思わずスイッチを入れた、その時だった。わずかな光量にも関わらず、足元の床に黒々とした影が現れたのだった。


「影……私の影」


 私は思わずその場に泣き崩れそうになった。十年間、この時をどれほど待ち焦がれたことだろう。影ができない、それだけの理由で陽の当たる場所を避け続けた長い時間。


「感慨深かろう、久しぶりの自分の「影」との再会だからな。……だが陽向、悪いがその「影」は本物のお前の「影」ではない。ライトのエネルギーによって作りだされた「いつわりの影」、すなわち影に見せかけた時空連続体なのだ」


「どっちでもいいわ。影さえ戻ってきたのなら」


 私が涙声で言うと、十九男は険しい顔で頭を振った。


「陽向、良く聞きなさい。お前はこれから「石」の本物の半分を手に入れねばならない。「石」は「敵」が持っており、「敵」の本拠地は恐ろしい人造生命たちによって守られている。だからこそお前には「影」が必要なのだ」


「そんな、どうして私が……あっ」


 床の上の影が突然、光とは無関係に伸び始めるのを見て、私は思わず声を上げた。影は天井に達するといきなり壁から剥がれ、黒い人形のように私と向き合った。


「はじめまして、ヒナタ。わたしはカゲ、ヒナタのカゲ」


 黒い人形は私の足にくっついたまま、片言で挨拶した。


「なに、これ……」


「それがわしとお間の父とで開発したお前の守護者……人工の影だ」


「私の守護者……」


「もとはといえば「敵」に雇われて人造生命をこしらえたのも私たちだ。もし「敵」が本物の石を二つ揃えるようなことになれば、世界は破滅する。お前の肩に重荷を背負わせるのは心苦しいが、なんとかして「石」を封印し、恐ろしい研究を終わらせて欲しいのだ」


「そんな、いきなり言われても、私……」


 大量の不可解な話を吹きこまれ、私が途方に暮れかけたその時だった。ごおんという鈍い音が響き渡り、再び地下室が揺れた。


「まずい、また地上で連中が暴れ始めたようだ。陽向、それを持って地上に行きなさい」


 十九男の剣幕に私は思わず「はい」と頷き、ライトを消した。私の足元から「いつわりの影」が消え、再び私は影のない人間になった。


「わしも後から行く。もし「敵」に襲われたら迷わずそのライトで「いつわりの影」を出すのだ。そうすれば「影」が必ずお前を守ってくれる」


「……わかったわ。お爺ちゃんも気をつけて」


 私は状況がよく呑み込めないまま祖父を地下室に残すと、階段の方へと足を向けた。


               〈第七回に続く〉

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