◆終章-5◆さいごのおわり
あの女神の記憶でここの作りは大体把握した。
意外な事にこの神界には思いのほか人(神)が少ない。
神様の住む世界ならば有象無象の神々がワラワラといるものなのかと思ったのだが総勢三十名程度のようだ。
遭遇してしまうと何かと面倒なので俺は出来る限り他の神に遭遇しないようにルートを選びながら目的地へ向かう。
あの女神が普段周りからのお小言を逃れるために探し出したルートだったが、そんな物でも役に立つ事もある。
しかし三十人程度しか存在しない世界のくせに無駄に宮殿が広い。
普通に歩いていてもそうそう誰かと遭遇なんてしそうにないので女神のルートはやはりあまり意味がなかったかもしれない。
あの女神の記憶によれば昔はもっともっとここに神々がいたのだとか。
女神が生まれた頃にはもうこんな状態だったそうだが、歴史を紐解いていくと、数百人程度がここで暮らしていた時期もあるらしい。
それがどうしてここまで数を減らしてしまったのか。
それはごく単純な理由からだった。
どこの世界も醜く汚いものだという事だ。
この神界も独裁者の恐怖政治社会だった。
逆らうものは処分される。
こんな神様が住まう世界でそれだけの権力と、実力と悪意を持っている人物がいたというのも驚きだが、俺が驚いたのはそんな事よりも、その人物が誰かという事である。
女神の記憶の中に俺の知っている顔が紛れていた。
そしてそれこそが、あの黒フードだ。
この世界を改善せねばならないと何人もの神が立ち上がり、そしてあの男に消されていった。
束になっても叶わないほどに実力の差が生まれるものなのだろうか?
…まぁ、ダイアロンに住んでいる連中が束になってかかって来ても俺は負ける気がしない。
他の神々とあの男の実力差もそういう事なのかもしれない。
だとしたらいったいどれだけ強いというのだろうか。
俺が一人で挑んだとして、相手になるのか?
果たして俺は目的を達成できるのだろうか
。
いや、どちらに転んでも達成する事が出来るんだった。
第一の目標は糞フード野郎をぶち殺す事。
それが叶わない場合の第二の目標は、俺が死ぬ事。
そのどちらかならきっと達成する事が出来るはずだ。
頭の中で軽く戦闘のシミュレーションをしながら宮殿内を歩く。
何故か急ぐ気にもなれないし、誰かと遭遇したらしたでもう殺すか殺されるかしたらいい。
そんな投げやりな気持ちになってきた。
なんでそんなにやる気を失っているのかと言えば、あの女神の記憶に原因がある。
なんというか、あの女神…俺が感じた以上にポンコツというか自己中心的というか利己的というか…。
自分の事しか考えておらず、自分の為にしか行動しないくせにそれがことごとくなんというか上手くいっていない。
その癖自分はやり手でもっと昇進してゆくゆくはこの世界を掌握してみせるくらいの事を考えている。
…。
これは酷い。
正直な話、俺はますますあの女神に好感を持っていた。
表裏が無い奴と、裏があるけど隠せてない奴。さらに言うなら隠しているつもりになっているけど全然隠せていない奴って、面白いよ。
仲良くなればなるほどどん引くだろうけど、遠めに眺めている程度なら一番楽しい人種だろう。
今までに幼い頃からいろいろ画策しては失敗して周りの大人たちに苦笑いされてきたようだ。
そして無駄に大人には好かれる。
あの女神のポンコツっぷりは見ている周りの人々から毒気を抜いてしまうのだろう。
俺もそれにやられているのかもしれない。
勿論、だからといってあの女神をどうこうしようという気にはならないし万が一があったとしても杏子の代わりになんて誰にだってできるはずがないのだ。
いろいろ失って寂しくなってしまった心が何かを求めているのかもしれない。
それも俺の弱さだ。
そんな弱さは消し去らなければいけない。
失った物を他の何かで埋め続ける生き方なんてもうしたくない。
やがて、宮殿の最奥まで進むと上に続く螺旋階段が現れた。
いつの時代も偉いやつというのは高いところに住みたがるものなんだろうか。
そんな事を考えながらゆっくり階段を登っていくと、頂上に到着するまでにたっぷり二十分くらいかかった。
…なげぇよ。
どんだけ高いところが好きなんだ。
もしこれで外出中だったらキレてしまいそうだ。
…そもそもよく考えたら律儀にこんな階段歩いて登っていかなくても上までぶち抜いて行くなり外から飛んで上までいくなりすればよかったのだ。
神々の世界なんてものに来てしまって少し浮かれているのかもしれない。
やっと死ねるかもしれないから。
俺を殺す事もできないようなら気に入らない野郎をぶち殺して俺のすべき事は終わる。
その後の事はその後考えればいい。
目の前には驚くほど質素な扉。
こういうところって普通もっと無駄に大きくて豪華な扉がついてて、開けると「よく来たな!ガハハ!」とかそういうもんなんじゃないのか?
俺の常識が間違っているのかもしれないが、本当に偉い奴が住んでいるとは思えない程そっけないつくりだった。
高いところに住んでいるのではなくて高い場所に幽閉されている、そんな感じだ。
ゆっくりと扉を開け中に入ると、その部屋は扉と同じく酷く質素で、生活感がまったくないボロ部屋だった。
なのにその一角に部屋に似つかわしくない物がある。
まるでお姫様でも眠りについていそうな天蓋付きのベッドだ。
まさかこの状況でのんびりお昼寝タイム楽しんでるんじゃないだろうな?
「…よく、きたな」
俺が思い描いていた言葉が、まったく予想外の声で響き渡る。
といってもお姫様ボイスだったわけではなく、まるでもうすぐ消えてしまいそうなか細い声だ。
その声はベッドの方から聞こえてきたのでゆっくりとそちらに近付いていく。
ベッドを覗き込んだところで俺は言葉を失った。
これが
こんな物が…
俺がずっと探していた奴だっていうのか?
「…あまりにみすぼらしいんでおどろいたかね」
「…まぁな。まさか俺が殺そうとしていた相手が放っておいても死にそうなくらい衰弱してるとは思わなかったよ」
「お前があの世界に行ってから何百年も経っているのだ。こういう事があってもおかしくないだろうよ」
…随分他人事だなぁと思いながら俺の中の殺意がどんどんしぼんでいくのが解る。
死にそうになっていようが関係ない。
殺したい相手を殺す。
それが目的だったはずなのに。
「おい糞フード野郎」
「ほっほっほ…ワシはそんな名前ではないぞ。リュシフェラスという名前が…ゴホッゴホッ」
知ってるよフェラ爺。
あの女神の記憶の中には勿論このジジイの名前も入っていた。
「あんまり喋ると寿命が縮むぞ?」
「いやいや、あんまりに愉快でな。まさかワシが最後にダイアロンに送り込んだ小さな小さな少年がまさか魔王になりてワシの前に現れるとは…」
「なんだよ。その昔生き別れた家族と感動の再会みたいなノリは。気持ち悪いから辞めてくれ。…そもそもなんであんな趣味の悪い遊びをやっていたんだ?」
フェラ爺は少しだけ遠い目をしてから、ゆっくりと語りだした。
「ワシはずっとこの世界に君臨し続けた。逆らうものは殺し、逆らわずとも気に入らなければ殺してきた。そんな生活が何百年、いや、何千年と続いた。するとな、だんだんと乾いてくるのじゃよ」
「それでそんなにかっぴかぴな顔になったのか」
「違う。心がじゃよ…。何も楽しみがない人生というのは辛いぞ。以前はよく氾濫がおきてワシを殺そうとするクーデターもおきたものじゃ。あの頃は楽しかったのう…しかし誰も逆らわなくなってからは毎日が退屈の連続じゃ。そこでワシもいろいろな楽しみを生み出そうと試みた。人間界で言うところのスポーツなんかもしてみたんじゃぞ?しかし何をしても心の渇きが治まらん。そんな時じゃ、当時ダイアロンの観測を担当していた古参から頼まれたのじゃよ」
フェラ爺は顔をこちらに向けているのが疲れたのかゆっくりと視線を天蓋の方に向け、目を閉じながら続きを語る。
「奴は優秀な神じゃった。ダイアロンをただ傍観しているだけでは満足できなかったんじゃな。やがてダイアロンに手を加えられないかといろいろ試したらしい。しかし人間界とちがってあの世界はワシすらその起源を知らぬ。ワシらが手を加えるのは非常に困難なのじゃ。だがあの男はそこに変化を求めた。そして、結論として異物をダイアロンに転送するという方法で変化を観測しようという考えに至り、その許可を取りにワシの元へ来たわけじゃ」
なるほど。
じゃあその男に頼まれたっていうのは何かしらの変化を起こすための許可をくれ、って事だったのか。
「んでお前が、普通に実験するだけじゃつまらんから人間を適当に選んで一つ能力を与えて送り込み、いつまで生存可能かを観測しようって流れにもっていったわけだ」
「…おどろいたわい。まさにその通りじゃよ…ホホッ。しかしあの男はそれを断った。罪の無い人間をダイアロンに送り込むのは悪だとな。口ではそう言いながらあの男も解っていたのだ。人間など力を与えてやったとしてもあの世界では生きていけないとな」
俺にも段々こいつの思考回路が解ってきた。
俺にも似たような事を考えた時期があったからだ。
杏子があの世界で俺を見つけてくれなかったなら、俺はこいつみたいになっていたかもしれない。
実際、杏子を失い封印から目覚めた後の俺は勢いだけで世界征服を実行した。
無駄に力を持ちすぎるっていうのはきっと退屈と隣り合わせになるという事なんだろう。
それを甘んじて受け続ける器を持っている者だけが正常でい続ける事が出来る。
俺も、こいつもそんな器は持ち合わせていなかったって事だ。
「で、そいつはもうこの世にはいない、と」
「ホッホッホ。まぁ、そういう事になるのう…それから定期的に実験という名目の遊びを続けていくとな、たまに現れるんじゃよ。あの世界に適応する人間という物が。勿論与えた能力にもよるんじゃが、それを見るのは本当に楽しかったのじゃ。惜しむらくは最後に送り込んだお前の人生観測を途中でやめてしまった事じゃな」
「眼中に無かったって事かよ。俺の人生はそんなに詰まらなかったか?」
「そりゃそうじゃろう。転移後すぐにあんな化け物に見つかり、それから自分の能力に気付く事もなく、奴隷になんかなりおって…」
…なんも言えねぇ。
「そりゃすまなかったな。こっちもいろいろあったんだよ。そもそもあの能力は気付きにくいしもう少しヒントくれてもよかったんじゃねぇのか?」
「それじゃあつまらんじゃろうよ。本人が自分の能力は何かと試行錯誤したり悩んだり絶望したり悦になったりするのを見るのがいいんじゃ。最初から解っているケースなど退屈なだけぞ」
「とかやってたらお前の寿命が尽きたと」
「失礼な奴じゃな。まだ尽きてはおらんわ」
「尽きたようなもんだろ。そうやって権力振りかざして恐怖政治なんかやってきたから死にかけた時にこんな場所に隔離されるんだろ?むしろ殺されてない方が不思議なくらいだぜ」
フェラ爺は心底心外だという顔をして子供のようにむくれた。
「馬鹿を言うでない!ワシは自ら望んでここに来たのじゃ。それにワシを殺そうとした奴は全て返り討ちにしてやったわ」
やっぱり殺されそうになってんじゃねぇか。
でもこの状況でも返り討ちってのはこいつが強いのか他が弱いのか…。
「それでじゃ、ワシももう長くない」
「じゃあさっさと死ねよ。なんなら俺が殺してやろうか?」
「ホッホッホ…そう慌てるでない。ワシはもうすぐ死ぬ。じゃがな、ワシが死んだあとはどうする?この世界にはもうワシの代わりが務まる様な奴はおらぬ。緩やかな滅びを迎えるだけじゃ」
「そんな事俺が知るかよ。俺にとって大事なのはお前が生きるか死ぬかだ」
「勿論…生きる」
…あ?
「生きるって、お前もうすぐ…」
俺の言葉が終わる前だった。
「ワシが死んだ世界など無意味。ワシが最後に生きていればよい。仮に死んだとしても、死ぬとしてもそれは他の奴らより後でなければならない」
「…な、何を言って…」
「だからこんな世界などもう要らぬ」
糞フードフェラジジイがカッと眼を見開き、こちらを見据えた。
これは、ヤバイ。
俺の本能がそう言っている。
すぐにでも殺さなければ。
そう決めた時にはもう全てが遅かった。
奴が手を振りかざした瞬間俺の視界は真っ白になる。
殺すか、殺されるかが俺のゴールだった。
殺されるのもゴールの一つだというのに。
それなのに、この終りかたは
なんだか無性に納得がいかなかった。
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